蛇 蛇鶴八歩 『我が人生』監督:自分。
starstarstarstarstar - 6ヶ月前
「映画とは人生そのものである」という名言があったようななかったような笑。
それくらい使い古された言葉のようだが実際に今回は自分の中からこの言葉が湧いて出た。
ということは即ち、監督は自分。
自分の思い通りにいかようにもなる。
自分の人生のど… 続きを読む
「映画とは人生そのものである」という名言があったようななかったような笑。
それくらい使い古された言葉のようだが実際に今回は自分の中からこの言葉が湧いて出た。
ということは即ち、監督は自分。
自分の思い通りにいかようにもなる。
自分の人生のどこにスポットを当てるかなんですね(あ、思い出した。ヒッチコックが「映画とは退屈な部分がカットされた人生である」って言ってたなあ。でも「ニューシネマパラダイス」のアルフレートは人生は映画とは違う。もっと厳しいみたいなこと言ってたっけ?笑)。
人生には、家がある。
人生には、家族がある。
人生には、出会いがある。
人生には、別れがある。
でもその理由は全て語られるものではない。
そして死んだ後、天国で自分が監督した自分の映画を観るのだろうか。
願わくば、その映画はスマホで隠れてこっそり1人観るような映画ではなく、大きなスクリーンでみんなに観てもらえるくらいの大スペクタルな超大作でありますように。
抽象的なレビューで申し訳ないですが、この映画ははっきりとした完全な答えを提示することはなく、目には見えない抽象的な理由を抽象的な所作の抽象的な行動により抽象的に表現されます。しかしそこに何かがあることは確実に示唆されているのです。確実に何かはあると。それは抽象的ではなく。誰かの想いに思念を巡らせる。それはそれは豊かな脳の使い方です。
そして、最終的には自分の「映画」について考えを巡らせる、そんな素敵な時間をくれる映画です。
O OTASUKU boltネタバレ
父帰る。のだが…
starstarstarstarstar - 6ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
昨年5月のカンヌ映画祭でのグランプリ(次点)の映画。最近判断基準の怪しい「カンヌで拍手の時間が長かった」という期待もないし、ハナからディスるつもりもない。純粋に映画を見た感想書きます。
かつて家族から遁走した父が、家に帰ってくる。家の権利移転はしてなかったので娘達にも不動産の権利が無い事は冒頭語られる。映画監督の父が15年ぶりに舞台女優をしている長女の為に宛書きしたという新作映画はどうやら自殺した父の母の物語らしい。父が7才の時の事らしいのでその後の父の人生での喪失感は大きかっただろう。
崩壊していた父娘関係の再生がこの映画のテーマなんだけど…果たしてフィクションである映画の脚本の出来が良かったとてそんなに力があるものだろうか??
元々映画の力を信じるタチだけど、ここで取り上げられる祖母、父、娘のリアルな人生が、この一本の映画脚本で穴埋めされるとはとても思えないし、現実の人生ってそんなに甘いものではないでしょう。
c chakemo 修復、希望、包容
starstarstarstarstar - 6ヶ月前
この映画の表に見えてる部分は父娘の関係修復。
見えていない部分は、「家があるのに家(居場所・身の置き所)のない人」の救いの物語。
とても繊細な作品で‥
親から愛されたかったし、愛したい。
霹靂のように、突然掻き乱される肉親への葛藤。
… 続きを読む
この映画の表に見えてる部分は父娘の関係修復。
見えていない部分は、「家があるのに家(居場所・身の置き所)のない人」の救いの物語。
とても繊細な作品で‥
親から愛されたかったし、愛したい。
霹靂のように、突然掻き乱される肉親への葛藤。
父グスタフ
姉ノーラ
妹アグネス
それぞれが抱えた危うさを、生い立ちの土台を絡めながら説得力豊かに見せ、それをあたたかく包む。
作品をクリエイトすることで見出す
新たな家族認識は、修復と希望と包容。
私は人間は木のようなもので、
土に隠れた根っこ
表に見えてる幹と葉っぱ
‥と、常日頃思っています。
幼少期の家庭とか親から受けた愛情が根っこ。
自己肯定感が幹。
学歴とか社会的成功とか自分が築く家庭とかが葉っぱ。‥などと勝手に思ってます。
根っこが細いと当然幹が細くなって、
自己肯定がよわよわ。
弱い自覚があるからがんばって葉っぱふさふさに武装するんですが、ある時突然、自分自身の根幹の細さに愕然としながらグラグラになってることに気付いてしまう。
その時、自分の弱さは親に十分に愛情を受けなかったからかと原点回帰したり、自尊心が消滅しそうになったり、本当に危ない状態になります。
1人での修復は絶対無理。
変な物への依存や、悪い人の不適切な支えではなく、確かな誰かの理解と支えが必要なのです。
この作品は、そんな危うい人達を見つめて救う、かなり繊細な物語。
響く人には衝撃的に響くし、そうでない人にはそれほどでもない。
響かない人は確固たる自分自身をしっかり持ってる人なのかな‥とも思う。
ある意味とても羨ましい。
私はあるシーンで泣きました。
感動というより、痛くて情けなくてつらい涙。
メンタルよわよわなので。
自分に重なる所があったので。
父スカ(ビルとアレクサンダーの父なので勝手にそう呼んでます)は強烈なヴィラン役も良いですが、こういった繊細な役どころこそ、本来似合う。
役者の幅が広い。
k kkk boltネタバレ
親子の関係は単純なものではない
starstarstarstarstar - 6ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
センチメンタル・バリュー
父と娘の拗れた関係を描いた作品。ちょうど先週、同じく親子関係をテーマにした『ANIMAL』を観たばかりだが、あちらが拗れた理由や登場人物の欲望を明確に提示していたのに対し、本作は極めて対照的だ。決定的な事件や分かりやすい説明はほとんど与えられない。
その曖昧さに戸惑いも覚えるが、日本人的な感覚で言えば、むしろ本作のような複雑で言語化しきれない関係のほうが身近に感じられるかもしれない。
親にとって子どもの価値、子どもにとっての親の価値。それは市場価値のように測れるものではなく、本来は最大級の価値を持っているはずだ。しかしその価値は言葉や態度で適切に示さなければ伝わらない。ほんの些細なすれ違いの積み重ねで、親子であっても関係は壊れてしまう。その脆さを本作は丁寧に描いていたように思う。
ただし、監督の『わたしは最悪。』と比べると、よりコアで曖昧な描写が多く、観客に委ねる部分が大きい。意図的に説明を排し、「親子関係は簡単に説明できるほど単純ではない」と提示しているのだろう。その姿勢は理解できる。
一方で、感情の強度に対して決定的な根拠が示されないため、完全には共感しきれない場面もあった。約150分という尺の中でその曖昧さに付き合うことには、やや退屈さも感じたのが正直なところだ。
理解しきれたとは言い難いが、分からなさそのものを描いた作品としては興味深い。相性としては、共感と距離感が半々といったところ。
y yasuhiro shibata 大切なもの
starstarstarstarstar - 5ヶ月前
「わたしは最悪。」のヨアキム・トリアー監督、レナーテ・レインスヴェRenate Reinsve主演の映画 センチメンタル・バリュー Affeksjonsverdi
とても良かったです
父と娘
職業監督と舞台女優
母と子
家/居場所
映… 続きを読む
「わたしは最悪。」のヨアキム・トリアー監督、レナーテ・レインスヴェRenate Reinsve主演の映画 センチメンタル・バリュー Affeksjonsverdi
とても良かったです
父と娘
職業監督と舞台女優
母と子
家/居場所
映像も展開も秀逸なのですが
俳優陣も素晴らしかったです
ステラン・スカルスガルドも
二人姉妹も
エル・ファニングさんも
レナ・エンドレさん(「ミレニアム」の編集長役の方)も
Affeksjonsverdi (Sentimental value)はその品物自体に高価な価値がなくても
思い出や感情や歴史を伴うために手放しがたい価値を持つことなのだそう。
そういうもの、沢山ありますよね