アタマ使ってる?
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
今から26年前だけど、ブラピがメジャーになってく手前に「スナッチ」という映画があり、この映画のオースティン・バトラーと同じようなポジショニングだった。最近は「バイクライダーズ」「デューン砂の惑星II」「エディントンへようこそ」など重要作品の… 続きを読む
今から26年前だけど、ブラピがメジャーになってく手前に「スナッチ」という映画があり、この映画のオースティン・バトラーと同じようなポジショニングだった。最近は「バイクライダーズ」「デューン砂の惑星II」「エディントンへようこそ」など重要作品の出演が続いており、ハリウッドがブラピの後継者にバトラーを据えようとしているんだな。と判る映画だった。
「スナッチ」の脚本と監督は、マドンナに掴まる前までは群像劇の名手だったガイ・リッチー。クライムアクションをあくまでキレの良いスノビッシュなストーリーテリングに煮詰めた手腕が懐かしい。比べるとこっちの映画は少しバタ臭いがワンコの代わりのネコなど、オマージュはあちこちに。
アタマ使ってる?は「スナッチ」の日本公開時のイカしたコピー。かたやこの映画のコピーは、主役が過去野球選手だったからか「バッチこい」とは…「白骨の神殿」に続いて何とも安っぽいキャッチコピーである。
映画の宣伝も作品同様センスが問われる所だが、アタマ使ってるんだろうか?
オースティンバトラー
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
エルヴィスで好きになった俳優さん。
過去作も何作か観ましたが、去年公開された『エディントンへようこそ』はスルーし、こちらへ。
主役級の配役が相応しい華がある俳優さんですが、今作では一般人、プロ野球選手を諦めた男(オースティン・バトラー)を演じます。
そんな彼が数々の事件に巻き込まれていくのですが、最後までハラハラしました。
途中で見せる弱さや人間らしさもとても良かったです。
逃避と解放の物語
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
「どうして現実と向き合えなんて言うんだ?」という台詞に象徴されるように、主人公ハンクは常に何かから逃避している。
トラウマ、マフィア、警察、これらから逃げれば逃げるほどに居場所を奪われ、ついに戦うことを決意しても、結局自分で引き金を引くことはできないハンク。
そんな彼が、自らのトラウマに向かって正面からアクセルを踏み込んでいく終盤の展開はとてもカタルシスがある。
この時の、ハンクの目の座り方がたまらない。自暴自棄ではなく明確な殺意を感じる目の表情には、オースティン・バトラーの凄みを感じる。
またこのシーンでは、ハンクが最も大事に思っていたものが何だったのかも明らかになり、思わず目頭が熱くなった。
物語のラストでは、やはり逃亡者となるハンク。
常にその勝敗を気にしていた、大事な「ベースボール」の試合を、ハンクは自ら消す。それは家族との繋がり、幸せだった頃の残像、それらを手放すことで、ついに全ての居場所を失い、同時に開放されたのだと感じた。
これら全てのエモーションが、「俺とお前(猫のバド)だけだな」という台詞に回収されるエンディングには、言葉にできない清々しさがあり、何とも美しい物語を見たという気持ちでいっぱいだ。
ゴー!ジャイアンツ!
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
コート・スティーリング
タイトル通り失敗続き、それも洒落にならない失敗続きでオースティンバトラー演じるハンクに同情する。
クライムアクションでも先週公開のワーキングマンとは異なりこちらは一般人のため逃げる事がメイン。ただそれがまた良い。無茶苦茶な事する奴らか逃げ回りそこで蓄えた強い気持ちが最後はきちんと成敗に向かうのが爽快感が堪らない。派手さは若干欠けるがアクション映画好きには無難に楽しめる作品であろう。
またオースティンバトラー好きには堪らない作品。
大好きな俳優の1人なのでこういったクライムアクションの彼もまたカッコよく、今後もさらにこういった作品を見たいと思わせてくれる。今後も彼に期待したい。
内臓がある人間
starstarstarstarstar - 9ヶ月前
映画ではあらゆるところで全部は描かず表面的に処理することが多々ある。
そこは伝えたいことと趣旨がズレているところであり特に必要のないものは限られた時間で描く必要性があるため省略せざるを得ないという理由。逆に言うと、描かれていない部分に大事な… 続きを読む
映画ではあらゆるところで全部は描かず表面的に処理することが多々ある。
そこは伝えたいことと趣旨がズレているところであり特に必要のないものは限られた時間で描く必要性があるため省略せざるを得ないという理由。逆に言うと、描かれていない部分に大事な部分はなく描かれてる部分に大事なものがある。
いわゆる普通のアクション映画ならば暴力の後で内臓を描かない。必要なのは、血。暴力を際立たせるのは、血なのである。
しかしこの映画、きちんと内臓がある人間を描く。生身の人間を描く。必要なのですねコレが。
追い込まれていく主人公。
徹底的にリアルな暴力であることと同時に、失われていく逃げ道。逃げ道として利用してた行為そのものも失われていく。
これは全て失われてからやっと問題に立ち向かう男になった話だ。
願わくば、彼女がいなくなる前に目覚めたかった。彼女イヴォンヌには心奪われた。パンクでありながらナース。口悪い天使。
結果、コレは辛い。ラストで多少は見返すもののそれにしてもコレは辛すぎる。
ここに引きづられると作品の評価すら変わってしまうことになってしまうなあ関係ないけど。ゾーイクラヴィッツには芯のある女がよく似合う。
予告にてダーレンアロノフスキーにしては軽いなあと思っていたのだがその思いは杞憂に終わった。さわりは軽いが実は重い。
「レスラー」「ブラックスワン」「レクイエムフォードリーム」「マザー」「ザ・ホイール」と同じく人生にドシっとくる重さあり。
嘔吐をマジで見せる映画はいい映画。
これは真実です。いい映画の判断材料に是非。
PS.「コート・スティーリング」って「盗塁死」という意味らしい。なんて深いんでしょう。