クズ男精神をもつブーメラン野生少女
まずメインポスターのよれよれコートで斜に構えた我関せずのやさぐれ感にやられました。 散らかり放題のトレーラーハウスもどきの宇宙船から飲んだくれで退廃的なパンクロック色満載で映画は始まります。それは一昔前の女房に三行半を突きつけられ子供にも会… 続きを読む
まずメインポスターのよれよれコートで斜に構えた我関せずのやさぐれ感にやられました。 散らかり放題のトレーラーハウスもどきの宇宙船から飲んだくれで退廃的なパンクロック色満載で映画は始まります。それは一昔前の女房に三行半を突きつけられ子供にも会わせてもらえない堕ちるところまで堕ちたどうしようもないクズ男のそれです。 しかしそれは愛すべきクズ男です。なぜなら犬好きの人に悪い人はいません。そして破壊行動がどこかの誰かではなく自分に向かう人はとにかく優しい人だからです。これは数多のB級クズ男映画を見てきた経験からでそれは間違いありません。やる時はやるクズの典型なのです。 そしてそれがいつもと違うのは、愛すべきクズ男のキャラを担うのがなんと若い小娘ということです。変な映画。そんな感想から物語は始まった。 いわゆる美人ヒロインとしてでなく見てみると、ワンダーウーマンのような美しさはない(失礼?笑)。あるのは「ウーマン」ではなく「ガール」の佇まい。小生意気な少女性である。 しかし近年の少女のようにビジュアル重視ではなく下の歯がガタガタ。「芸能人は歯が命」(古いな笑)という自意識過剰なルッキズムに染まってなくてそれが良い。 そしてこれは完全に個人の意見ですが、「マッドマックス2」における言葉を喋られないブーメラン使いの野生少年に顔面が瓜二つ。わかるかなあ(笑)。その精神性も似ているような気がする。野生で粗雑な感じ。最終的にみんなを率いるリーダーになるという将来性も含めて。 そしてさらにそこからかどうかわからないが、厄介ものからの痛烈なカウンターパンチ的要素も感じるのです。スーパーパワーを持ってるのにも関わらずにです。 まとめるとこのスーパーガールは「クズ男精神を持つブーメラン野生少女」。わけわからん見立てになってしまった(笑)。だいぶ捻れたキャラですが、しかしそれが愛おしくてたまらんのです(勝手な見立てですが)。 さらにそこにはジェームズガンのスローガン「はぐれ者に惜しみない愛を」が確かに感じられました。 この映画の世界は「地球」ではなく「宇宙」。 同じ能力を持つ「スーパーマン」との差別化を図るため完全に意識して物語を紡いだと思われる。しかしそれがジャストフィット。 この捻れに捻れた少女を解放させてあげるには、無限である「宇宙」という舞台が相応しい。こんな人間(あえて人間と呼びたい)を宇宙に放り込んだだけで勝手に物語が進みだしたかのような印象があります。 監督曰く「これは自己発見と責任の取り方の映画だ」。監督が言っているので間違いありません。そのよう作られているからです。それは絶対です。しかしそこから何を感じるかは我々観客次第です。 抽象的ですが、この映画からは全部を含んで全てを受け入れれるような果てしなく広がる開放感を感じました。