蛇 蛇鶴八歩 総合格闘技「夫婦喧嘩」
starstarstarstarstar - 3ヶ月前
背中越しにカメラは追う。鎧をまとったようなごつい背中はのっしのしと前に進む。
その先に待っていたものは、そのスケールからはおよそ考えつかない所作だった(笑)。
体がごっついからメンタルが強いとは限らない。逆に華奢でスマートですぐに折れてしま… 続きを読む
背中越しにカメラは追う。鎧をまとったようなごつい背中はのっしのしと前に進む。
その先に待っていたものは、そのスケールからはおよそ考えつかない所作だった(笑)。
体がごっついからメンタルが強いとは限らない。逆に華奢でスマートですぐに折れてしまいそうな背中には、決して破壊されることのない強固な精神が潜んでいた。
当初理解し合っていたように思える2人のやりとりは、あるところから破滅に向かって転がり出した。エゴ満載で罵り合う。
はたから見るとそんなお互いに自分の言いたいことを言う傲慢なやりとりに見えるが、当の本人たちは俺は私はこんなに苦しんでいるのになんでわかってくれないのかという悲痛な叫びしかない。
これはよくある。あるある(笑)。
結婚している人ならば誰もが経験していることではないだろうか。新婚当初ならまだしも、お互いに深く知り理解し合えたと思えたある瞬間から、自分の本心が滲み出てくる。それは何でも言える関係性になったからなのだが。
本音を曝け出す。痛みは伴うが、その後和解した時の愛のリターンはものすごいですよね。
一旦、破壊する。そして建て直す。スクラップandビルド。より強靭になります。
それにしても芯の強さは女性の方が何枚も上手である。1番印象に残ったシーンは、カメラを撮る時さりげなく誰にも気づかれないドーンの涙。相手の気持ちを慮るあまりにこぼれ落ちたもの。そこに自分の損得はありません。純粋な無償の愛です(小っ恥ずかしいですが)。
一方やはり男は所詮、己の我が入っている気がします。自分も含めて。
今回の涙のシーンを比べるとその男と女の差がはっきりとしますね。
女性の偉大さを思い知ることになりました。
世界最強の総合格闘技イベントは、UFCではなく、PRIDEでもない。それは「夫婦喧嘩」です。これがほんとのヴァーリトゥード。何でもありです笑。
O OTASUKU ビッチ妻には気をつけろ
starstarstarstarstar - 3ヶ月前
光浦靖子ハリウッドデビューで、上々の仕事ぶり。というニュースに触れたので見に行く。思えば、ドウェイン・ジョンソンとの出会いは、大ヒットしちゃった映画「ハムナプトラ」のスピンオフ作品である「スコーピオンキング」から。当時は(ロック様)と呼ばれ… 続きを読む
光浦靖子ハリウッドデビューで、上々の仕事ぶり。というニュースに触れたので見に行く。思えば、ドウェイン・ジョンソンとの出会いは、大ヒットしちゃった映画「ハムナプトラ」のスピンオフ作品である「スコーピオンキング」から。当時は(ロック様)と呼ばれていた。スピンアウトなのにしっかりした悲恋ドラマでして、同じタイトルの続編は「5」までつくられた。
↓以下はネタバレ書きますので、見た人だけで。
エンドロールの曲の歌詞が全てを語るかな。「今思えばどこで間違えたかわかる♪」まぁ人生ってそんなもんだよね。今どきのアスリートは、健康管理、食事管理、睡眠管理の出来る嫁をちゃんと確保してる時代だが、この時代は、アスリートの間でもビッチだけどいい女を侍らすのがまだ流行りだった。マークケアさんも当時のご多分に漏れず「やっちまったなぁ〜。」という映画でした。
Z ZIANSER boltネタバレ
ずっとドーンとの喧嘩祭り
starstarstarstarstar - 3ヶ月前
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
試合シーンよりもドーンとの喧嘩シーンが盛り沢山。お互い思い合ってる筈なのに、何故かボタンが噛み合わず、次第にケアーだけでなく、ドーンも病んでいく。
ただ、結婚して6年は一緒に暮らし、息子も授かったんだから、良かったのかな?
PRIDEの話なので、多くの日本人キャストも出演。(光浦さんとか出ててビックリ)
後ドウェインの身体がヤバい。
き きた
ドウェイン・ジョンソン
starstarstarstarstar - 3ヶ月前
ドウェイン・ジョンソンの演技が素晴らしいです。
この時代を生きた格闘技ファンは受けると思う。
T Takako Motohashi THE SMASHING MACHINE
starstarstarstarstar - 1ヶ月前
25年くらい前の総合格闘技ブームはスルーしていたので、初めて知ることばかりであった。強さを競う格闘技で勝ち続ける苦しみは、強さ至上主義の追求と表裏一体である。勝ち続けることで心身ともに負担をかけ、恋人とすれ違って破滅するくらいなら、きちんと折り合いをつけた方がいい、という実践をした人の話というように受け取った。