野心的な情熱
映画「ヌーヴェルヴァーク」を観た。 その後「勝手にしやがれ」を観たくなるのは朝になると太陽が昇るように至極、必然。 あの映画が一言でいうと「メイキング・オブ・勝手にしやがれ」(あらゆる効能を排除した結果はこう呼べる)であったのに対して、ある… 続きを読む
映画「ヌーヴェルヴァーク」を観た。 その後「勝手にしやがれ」を観たくなるのは朝になると太陽が昇るように至極、必然。 あの映画が一言でいうと「メイキング・オブ・勝手にしやがれ」(あらゆる効能を排除した結果はこう呼べる)であったのに対して、ある意味答え合わせのような面持ちであったが、それ以上に当時の「情熱」をことさら感じることになった。なるほど、コレを現在に甦らせたかったのかと現在の映画「ヌーヴェルヴァーク」の存在価値を思い知ったのである。 見終えた後に思い浮かんできた言葉は「情熱」と「野心」。 あれ、「情熱」と「野心」って同じ意味か。いや違うな。何かを動かす力としては同じだが、含まれる意味が全然違うか。 「情熱」は自分の叶えたいもののために純粋に湧き出てくるパワー。「野心」はもっと俗的なものでもっと有名になりたいとかもっとお金を儲けたいとか損得勘定を感じさせる、言うならば低俗な不快感をもたらすパワー(考え方が偏ってるかもね笑)。それでも映画としてもっと高みに行きたいというアート的な欲であれば低俗的ではなくなるかなあ。そういう意味で野心的な「情熱」なのかもしれない。 哲学的になってきた笑。 この映画は、そんな哲学的な問いも生まれる、情熱ほとばしる映画です。