映画としてはこれが正解だろう
アメリカ文学研究者であれば知らぬものはない二人、スクリブナー社の伝説的編集者マックスウェル・パーキンズと、夭折した天才作家トマス・ウルフの出会いから別離までの物語だ。 原作となっているのは、A・スコット・バーグの『名編集者パーキンズ』。マ… 続きを読む
アメリカ文学研究者であれば知らぬものはない二人、スクリブナー社の伝説的編集者マックスウェル・パーキンズと、夭折した天才作家トマス・ウルフの出会いから別離までの物語だ。 原作となっているのは、A・スコット・バーグの『名編集者パーキンズ』。マックス・パーキンズの生涯を辿った伝記の中からトマス・ウルフとの交流にエピソードを絞り、約1時間40分の物語にまとめ上げた。 バーグの伝記を読めば、フィッツジェラルドやヘミングウェイなどと比べてもトマス・ウルフとパーキンズの交わりは別物だったことがわかる。したがってこの扱いは妥当なところ。 原作でも、ウルフとの出会いから決別、そして死の前後のエピソードまで、感動的な逸話がそろっている。 特に手を加えずともそのままで映画になりそうな物語なのだが、やはり映画として完結したものにする必要があったからか、多少事実を脚色したところはある。 その上で、映画としてはまあこれで正解なのだろうな、というのが私の感想。 ウルフの死をめぐる重要なエピソード、とくに最後にパーキンズに宛てて書いた感動的な手紙については、やはり映画的な効果を狙った変更と演出がされている。ただ原作を読まずに映画だけ見れば、それは全く不自然ではないし、なぜこうしたかの意図も明らかだ。 詳しくはネタバレになりかねないので伏せるが、あのウルフの手紙は本来、生への強靭な意志を示すと同時に、マックスとの和解を真摯に願う思いが溢れたものだった。 それを映画では、自分の死を予感した(というか確実なものとして受け入れた)ウルフの、マックスにあてた遺書、という位置づけにする。これが最後の最後のショットとの相乗効果で、観客に感動を与える仕掛けになっているのだ。 個人的にはあの手紙の中の、以下のくだりに最も感動するのだが、上記の意図からか、映画ではその部分は(残念ながら)削除されていた。 「立ち上がり、ここから出て行くことができればーー歩いて帰るまでに何か月もかかるでしょうがーー立ち上がることができれば、かならず帰ります」 ただ、これはあくまで個人的な好みの問題である。 繰り返すが、映画としてはよくできているし、何といってもコリン・ファースとジュード・ロウの二人が最高だ。 とくにヨーロッパから戻ってきたマックスとトムが、ビルの屋上からNYの街を眺める場面(これは実話だ)。マックス(コリン・ファース)の肩にそっと頭をもたれかけさせるトム(ジュード・ロウ)のショット、本当に美しい。