民族差別が仲良し姉妹に軋轢を生んだ
スウェーデンの民族差別の渦中にいる幼い姉妹。姉は嫌気が差し村を出るが妹は残る。2人が戯れ合うシーンは微笑ましいし、喧嘩して別れるシーンは泣けてくる。 映画を1回見終わった後、もう一度再見することがある。小さなことながらも大事なシーンを見逃してしまっていることがあるから。ファーストカット目、老婆が髪で左耳を隠すシーンがある。これは再見でないと分からない。
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1930年代、スウェーデンのラップランドで暮らすサーミ人の少女エレは、サーミ語が禁じられた寄宿学校で学んでいた。ある日、エレは夏祭りで都会的な少年ニクラスと出会い、恋に落ちる。日常から抜け出したいと願っていたエレは、二クラスを頼り街に出る。
スウェーデンの民族差別の渦中にいる幼い姉妹。姉は嫌気が差し村を出るが妹は残る。2人が戯れ合うシーンは微笑ましいし、喧嘩して別れるシーンは泣けてくる。 映画を1回見終わった後、もう一度再見することがある。小さなことながらも大事なシーンを見逃してしまっていることがあるから。ファーストカット目、老婆が髪で左耳を隠すシーンがある。これは再見でないと分からない。
国立民族学博物館で解説と鑑賞。民族蔑視いやそれ以上の政策の科学的根拠とやらについて、科学に携わる者として本当にゾッとする。そして席を立って見るのをやめてその場所から出て行きたい衝動を必死に堪えたシーン、忘れられない。別でみたインタビューで、演じた世代は、このような経験はなく、社会は変わった、とのこと。
重ための映画だった。 日本に住んでるとあまりピンとこないけど、近隣の人間に差別されるのはどんな気持ちだろうか。
乗り越えてではなく「耐えて」きたんだと感じた 陳腐なシンデレラストーリーなんかじゃなく それでも自分の望んだ道に進みたかった そう感じた
酷く保守的で閉鎖的で陰鬱で濃い差別意識の空気が漂い、辛気臭い眼をした大人子供達の中で、エレ・マリャ(クリスティーナ)の眼だけは前を向き続ける強さを感じた。 辛い仕打ちを受けても決して屈しない むしろ図太いくらいの心意気を持つ彼女を応援したくなる。 ニクラスとのロマンスには心が震えた。 たぶんニクラス的には一夜の愉しみのようなものなんだろうけど、彼とのキスがサーミの縛りからの脱出を決心する一つのきっかけになったのは間違いないと思う。 その後ウプサラに出てからの居心地の悪さにはまた胸が痛むけど… ラップランドに一度戻り母親から街に出ること、進学を実質認められたところで若き頃の回想パートは終わるけど、おばあちゃんになった現在に至るまでまた非常に苦労したんだろうことが想像できる。 名前も家族も捨てて自分の足で新しく道を作らなきゃならないのは、差別がなくても容易いことではないのに。 そして出身への差別意識は現在でも残っていて、また村の人達の閉鎖的な空気も残っていそうなことに頭が痛くなる。 「あなたの脳は文明に対応できない」という先生の言葉には衝撃を感じたし寒気がした。 賢く進学を希望する若者によくそんなこと言えるなと。絶対にあってはならない言葉だと思う。 特にあの先生から名前をもらうほど敬愛していたクリスティーナにとっては残酷すぎる。 誰が悪いとも良いとも言えないし自分をどの人物に置き換えてみてもしんどくなる内容だけど、歌われるヨイクの響きがとても美しくてそれを聴くたびに何か救われたような気分になった。 特に最後、妹の遺体にサーミ語で語りかけ エンディングでヨイクを歌うクリスティーナには涙が出てくる。 自由になるため捨てた故郷とはいえ家族や懐かしい風景に思うことはたくさんあるだろうし、罪悪感も持っているだろうと。 ヨイクを歌うたびに故郷を想う、という序盤での台詞を思い出して胸が締め付けられた。 出身や民族からくる差別って、日本や他の国でも多いんじゃないかと考えに至ってしまう。 時代が進んでも完全に無くすのは難しいのかもしれない。 もしかしたら自分も無意識に持っているものなのかもしれない。 それでもこのような映画を観て改めて気付き、問題意識を持つことは解決への一歩だと思いたい。