希死念慮
※本文にネタバレがあります ネタバレを読む
最高だった。最高な映画だった。 素晴らしい映像体験だった。 レビューサイトの評価が結構低い中で自分が見て感じた今の感情が間違いじゃないと信じたいから、星5を付けてるのもあるけど、でも自分の目には温かい涙が溢れた。 予告ではマルチバースでの戦闘がフィーチャーされてるからSF映画だと思えるけど、紛れもなくヒューマン映画だった。アクションヒーローものとして見る作品ではない。 スイスアーミーマンと同じダニエルズ作品としてみると納得。そして上質。 見終わった今、何かわからないけど救われたような、 こぼれかけていた何かを掬ってもらったような感覚がある。 下品な表現も多いし、戦闘シーンもふざけてる。 ストーリーも世界行ったり来たりで複雑だし、シリアスかと思いきやコミカルだし、自分もトリップしたみたいに何がなんやらって感じだけど、メッセージとしてはとても本質的なものだと思う。 Part1 Everything 突然人が変わった夫ウェイモンドから指示を受けて世界を救うように言われ、バースジャンプをする。 この世には色んなバースが存在していて、それぞれのバースに存在するエブリンからスキルを借りて敵と戦う。 ジャンプ台はふざけてるけどアクションは見応えもありつつ、ふざけた倒し方をするのも特徴的で面白い。 そして敵は別のバースの娘ジョイ。 アルファバースでエブリンは別世界との同期接続を技術的に作り上げ、娘のジョイを実験台にしたことで娘は精神が弾け飛んでしまう。 敵である娘は、色んなものを詰め込んだベーグルを作り上げる。このベーグルが意味するのは虚無。光や物質だけではなく、感情や意志、存在そのものを吸い込む。 そんな自分を作り上げた母にも同じ世界を見て欲しくてエブリンを追いかける。 一つのバースだけでもまずは救おうとするアルファおじいちゃんに娘を殺すよう指示されるがそれを拒むエブリン。 この選択によってエブリンは"第二のジョブ・トゥパキ"を生み出す可能性をもつエブリンになってしまい、アルファゴンゴンからエブリンも命を狙われる。 エブリンはなんとかジョブ・トゥパキだけを打倒して娘を救おうとする。 バースジャンプをするにはふざけたことをする事がスイッチで、敵は歌ったり、壁を舐めたり、お尻をコピーしたり、特定のアクションを取ることでスキルを持つ人にジャンプしようとする。 一方でエブリンはどうすればバースジャンプできるかわからないから、とにかく変なことをしてジャンプしてみる。置物を飲み込んでみたり、敵の鼻を噛んだり、ハエを鼻から吸ったり、誰にジャンプするかわからないけど、とりあえずジャンプする。 時にはカンフーの達人に、時には看板を操る誘導員に、時には凄腕のシェフに、色んなエブリンにジャンプする。 それができるのは、今のバースにいるエブリンが最低だから。失敗を重ねたエブリンがジャンプするのは何か成功して特技を持ったエブリン。 他のバースのエブリンではできない最底辺のエブリンだからこそ誰にでもなれる可能性を秘めていた。 ただジャンプを繰り返したエブリンは精神が弾け飛んでしまう。 Part2 Everywhere 税務署から帰ってきた世界のエブリンに話は分岐し なんとかジョブ・トゥパキである娘を止めようとする。 でも、バースは違えど娘には変わりなく、ジョブ・トゥパキを倒すことは娘を倒すことと同義だった。 アルファウェイモンドもジョブ・トゥパキにやられてしまい、追い込まれたエブリンはジョブ・トゥパキに連れられてベーグルに魅せられすべてを破壊しようとする。 頑張っても何も変わらない、全てを捨てて、全てを無に返そうとする。 税務処理なんてどうでもいい 同僚の秘密をバラしてアライグマを追放しても良い 久しぶりに再会した夫に軽い気持ちで言い寄ってもいい 何もかももう無くなればいい。 自暴自棄にニヒリズム的に破壊衝動に身を任せる。 そこで意識を取り戻せたのは夫ウェイモンドの存在。 最底辺の世界だと思ってたエブリンのバースにあった強みは、夫ウェイモンドの存在だった。 監査官をなだめて申請の猶予をとりつけ、刺されても優しさを持って争うことをもうやめようと言う彼の存在がベーグルに呑み込まれそうだったエブリンを引き留める。 ジョブ・トゥパキは同じ目線に立ったエブリンと同じ世界を見たくて、一緒にベーグルへと呑まれて虚無となろうとしたが、エブリンは実存を選んだため、彼女を置いて1人ベーグルへと進もうとする。 つまり、自ら自分の存在を消そうとする。希死念慮。 エブリンはベーグルへ進もうとする娘の自傷行為を止めるようとするが、世界を救おうとするアルファゴンゴンはこれ幸いとばかりにジョブ・トゥパキを消し去るためエブリンに再び立ちはだかる。 ウェイモンドに救われたエブリンは 他者を力で倒すのではなく、 抱きしめて喜びを与えて受け止める。 指がソーセージでも足で音を奏でられるし、 ソーセージの指を口にすることで愛を確かめられる。 マイナスに見えることも捉え方次第。 娘のセクシャリティを真っ直ぐ父にも伝えられるし ベーグルへ進むと言う選択さえ受け入れようとする。 混乱する娘にそれでもいいじゃないかと、 意味のある時間なんてほんの少しかもしれない 認められないことの方が多いかもしれない それでも良いじゃないかと、それさえも受け入れようと。 Part3 All at Once ジョブ・トゥパキの脅威がなくなり、 家族みんなで税務署へ行き、申告をする。 完璧な申請じゃないし、話もよく聞いてない。 でも無駄で煩雑で混乱した世界の中に ほんの僅かな楽しさや喜びや安心が存在している。 "何もない"と"全てある"はすごく近いけど全く違う。 虚無と実存は表裏一体だけど、捉え方で180度世界が変わる。 クィアであるジョイが代弁するように自分の存在も認められないカオスな世界であっても、同時に"カオスがある"という価値を見いだすこともできる。 薄暗い世界が現実にあるからこそ、全てをリセットしたい破壊願望みたいなものが自分はあるし、日本社会にも渦巻いていると思う。それがまさにベーグル。 一旦全部無くなっちゃえばそれが一番いいんじゃないかって。 物価高騰とかLGBTとか子どもの教育とかウクライナの戦争とか問題は山積してて、先が見えなくて。 何もかも壊すのは簡単だと思う。でも、一つ一つのことに向き合って対話して積み上げていくことが人間としての営みだろうし、尊い行為だと思う。 バースジャンプして色んな自分とスキルシェアしたように、世界には無限の可能性がまだ広がってる。 映像的にもストーリー的にも振り回されて カラフルでコミカルでアクロバティックな映像で照れ隠ししてるくせに、すごいクリティカルなメッセージを届けてくるのがずるい。 自分や社会や世界の全てを肯定してくれる映画だった。 笑いと混乱と希望のある豊かな映画だった。