「SUPPORT EIGA PEOPLE ON THE LAND.〜映画に関わるすべての人々をサポートする〜」をビジョンとして掲げる映画ランド。そんな弊社が、映画界で活躍する監督・スタッフ・役者に、映画館について、映画についてお話を伺う。
浅野いにお原作の 『零落』が3月17日よりテアトル新宿ほか全国公開される。監督したのは、今作が10作目の監督作になる竹中直人。そんな彼に映画館について、そして今作についてお話を伺った。
竹中直人
TAKENAKA NAOTO
1956年生まれ、横浜市出身。
1983年のデビュー以来ドラマ、舞台、映画作品に多数出演。『シコふんじゃった。』(92)、『EAST MEETS WEST』(95)、『Shall we ダンス?』(96)では日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。主演も務めた初監督作『無能の人』(91)がヴェネチア国際映画祭で国際批評家連盟賞、第34回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞したほか、監督作・出演作で受賞多数。そのほかの監督作に『119』(94)、『東京日和』(97)、『連弾』(01)、『サヨナラCOLOR』(05)、『山形スクリーム』(09)、『R-18文学賞 vol.1 自縄自縛の私』(13)、『ゾッキ』(21)、『∞ゾッキ 平田さん』(22)などがある。
好きな子と映画を観るロマン
――普段、映画館には行かれますか?
竹中:映画館で観ないと僕は絶対ダメです。でもそれぞれの価値観だから。それを言ったら音楽はCDを買わなくなっちゃった。今は良い音の小さなスピーカーもあるし、移動中なんかも聴けて、携帯が勝手に選曲してくれる。昔は下北で飲んで酔っ払うとレコファンに行ってよくジャケ買いしてたのに……。でも映画館は必ず行きます。特別な場所に行くって感じです。
――好きな映画館、好きだった映画館はありますか?
竹中:一番好きだった映画館は中央線国立駅前にあった国立スカラ座です。当時は二本立てで300円くらいで観られました。もう遠い遠い昔ですが贅沢でしたよ。彼女と映画を観るのがロマンチックだった。映画を観終わって国立の街をぶらぶら歩きながら感想を言い合うのが楽しかった。
最近は渋谷が多いです。シアター・イメージフォーラム、シネクイント、Bunkamuraル・シネマ、ユーロスペース、ヒューマントラストシネマ渋谷も好きです。「未体験ゾーンの映画たち」などラインナップが楽しい。あとは有楽町の日比谷シャンテ。『零落』はテアトル新宿で公開なので、久しぶりにテアトル新宿にも行きました。
――どうしたら今の若い方にもっと映画館に足を運んでもらえると思いますか?
竹中:それは考えたことがない。若い人たちにもそれぞれの人生があるし。大変な時代を生きているしね。価値観もかなり多様化されているし。今は、映画が手のひらに乗るんだからすごいです。僕は昭和の映画館のムードを知ってるから、やっぱり映画は映画館で観たいと思いますが、ぼくは今の若い人たち?と言われてる人を映画館に引き寄せようという意識がない。え??でもそんなに若い人って映画館行かない?ぼくが映画を観に行くと若い人、入ってるけどな……。いやぁ〜そうなんだね……。でもそれが今の時代なんだって思うし。そんなこと言い出したら昔は良かった……なんて言っちゃうもんね(笑)。
浅野いにおへのラブレター
――原作との出会いは本屋だったそうですが、原作のどこに惹かれましたか?
竹中:全てです。登場人物それぞれのキャラクターも素晴らしい。でも真っ先に目に飛び込んできたのは、『零落』というタイトルと、帯に描かれた少女の瞳だったんです。それで手に取ったんです。ある意味ジャケ買いですよね。
最後のページを閉じた時に、『零落』というタイトルが、夜の歩道橋に縦書きの毛筆で浮かぶ画が浮かんだんです。理屈は全くないです。ただただ『零落』を映画にしたい。そう思ったんです。
――監督から直接浅野さんにコンタクトを取ったそうですが、浅野さんのことをもっと知りたいという気持ちからですか?
竹中:もちろんその思いもありました。でも『零落』を映画にしたいんです!とご本人を前にちゃんと伝えたかった。『ソラニン』、『世界の終わりと夜明け前』など、いにおさんの描く世界はとても映像的です。ご本人に実際お会いした時は緊張しました。なんとも言えない雰囲気、圧倒的な佇まいに眩暈さえおぼえました。
――浅野さんは『ソラニン』などの青春漫画を描く一方で、『おやすみプンプン』などシュールなものも描かれていますね。
竹中:でもどこかダークな匂いを秘めていますよね。『うみべの女の子』も。いにおさんの持つ闇の部分に惹かれます。
――そういうものも含めて映画化したかった?
竹中:はい。でも、映画にしたいと思えるほど、映像が浮かんだんです。初監督の『無能の人』もそうでした。(原作の)漫画の世界とはまた別の映像が浮かんでくる感じです。頭の中で作家とコラボする感じ、セッションしていく感じです。
――浅野いにおさんからは、普通、出版社を通すものだと言われたそうですね。
竹中:あの時は無我夢中でした。あまりにも素晴らしい作品ですからね。映画化する時、いにおさんに違うと言われるのが怖かった。まずは自分で撮影台本を書いて、こんな感じの世界観でやりたいです、といにおさんに脚本を送りました。あとはロケハンに行く度に、こういう空間で撮りますと写真を送り続けました。今思うといにおさんのストーカーですね……。
――監督の熱意に浅野さんも押されたんですね。
竹中:いつも連絡すると必ず「いいですね。」「いいですね。」と応えて下さいましたが、相当お疲れになったでしょうね。本当にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ない思いでいっぱいです。
ちゃんとリアリティのある男になってくれた
ーー映画化が決まったあと、キャスティングはどのように決めていったのでしょうか。
竹中:キャスティングは早かったですよ。『ゾッキ』という映画の宣伝を山田孝之と(斎藤)工といつも3人でやってたんですが、たまたま孝之が来られなくて、工とふたりで宣伝する日があったんです。その帰りに夕ご飯を一緒に食べに行ってね。その時、工が「また何か、新しい映画の企画とかあるんですか?」って。「うん。浅野いにおさんの『零落』を撮りたいんだよね……。」「僕、読んでます。大好きです。」「え?!じゃあ工、深澤やる?!」って、それから一気に動き出しました。その年、ドラマで一緒だったMEGUMIに「浅野いにおさんの『零落』を映画にしたいんだよね。」って伝えると、MEGUMIが「映画のプロデュースをやってみたいと思ってた。」って。「じゃあ、MEGUMI、『零落』のプロデュースやってくれないか?!深澤の妻役、町田のぞみも頼む!」という感じで進めて行きました。
――斎藤さんの俳優としての特色みたいなものはありますか。
竹中:俳優はタイプが分かれますよね。すっとそのまま自然に役に入る人と。役をがっつり作る人と。工は役を作ろうとせず、とても素直に深澤を演じてくれました。今回の撮影は深澤の顔をなるべく撮らず、極力照明も暗めに、顔もフレームから切ったり、はっきりと観せない捉え方をやりたかった。声の音も極力抑えてもらいました。工は常にニュートラルでいてくれた。頑なに譲らないというものもなく、静かに呼吸をしてくれました。常にいろんな意見を聞く態勢でいる間口の広い俳優です。
――深澤を監督のイメージ通りに演じていただいたのでしょうか。
竹中:はい!もちろんです。僕は深澤をいやなヤツとは決して思わなかった。むしろ零落してゆく色っぽさが工だからこそ出せたと思います。工はめちゃくちゃイケメンでカッコいいけれど原作のイメージとはまた違う、映画ならではの深澤薫をリアリティある男として見事に演じてくれました。僕にとって理想の深澤像ができました。そして女性それぞれのバランスが、いい具合に深澤と絡み合って……。自分で言うのもなんですが、「究極のキャスティングじゃん!」と思います。
他の人では考えられなかった
――趣里さんはどのような経緯でのキャスティングだったのでしょうか。
竹中:ちふゆを演じられるのは趣里しか考えられませんでした。もうそれだけです。揺るぎなく趣里でしたね。スケジュールが合って本当に良かったです。
ーー永積崇(ハナレグミ)さんを役者としてキャスティングされたのはなぜでしょうか。
竹中:崇の声と顔が欲しかったんです。崇と斎藤工が並んで歩く画を撮りたかった。編集者と漫画家というイメージの構図が、もう崇しか考えられなかったです。ダメもとで聞いたんですが、俳優デビューしてくれました。よくぞ引き受けてくれました。この人にしか演じられない役を、全てのキャストが見事に演じてくれました。みんなのスケジュールが合って本当に良かったです!
思い出の地でのロケ
――今回キービジュアルには原作にはないシーンが選ばれていますね。
竹中:この映画に海を登場させたい、というのは揺るぎないイメージとしてありました。シーンとシーンの繋ぎや、時間経過には、フェイドアウトではなく、真っ黒な海をシーンごとに挟み込みたかった。それをちふゆの田舎のシーンに繋げたかったんです。
――ロケ場所はどうやって見つけたのでしょうか?
竹中:横浜の福富町は、最初からちふゆと出会う街として決めていました。福富町は未だ昭和の雰囲気が残っていて、時代も曖昧になるし、いかがわしさも福富町ならではの匂いがあるからあの場所しか考えられなかったですね。
――ちふゆと深澤が出会うホテルは?
竹中:一番衛生的なラブホテルを制作部の人に見つけてもらい、中は全部飾りつけています。外観は以前やっていたドラマの撮影現場で見つけて印象に残っていた場所です。昔、ヨコハマメリーが寝泊まりしていたGMビルも撮影したかった。そのビルの螺旋階段とかとてもドラマチックで。でも老築化が進み閉じてしまっていた。個人ロケハンをしていた頃はまだ開いていたんですが、残念です。
基本的に自分の監督する映画は、以前に映画やテレビのロケで行って、印象に残った場所を使う事が多いです。ぼくが多摩美の学生だった頃住んでいた中央線・国分寺の街も撮影しました。当時、付き合っていた彼女と待ち合わせした喫茶店がまだ残っていて、そこに玉城ティナちゃんに座ってもらって。「俺40年以上前に彼女とここで待ち合わせしてたんだよ。」なんて言いながらね(笑)。
――監督の思い出もかなり?
竹中:かなり散りばめられています。彼女が好きだったクリームソーダをティナちゃんに飲んでもらったり。
役者にゆだねる
――深澤がスランプに陥って逡巡する姿に、共感するところはありますか?
竹中:それはありますよ。ただ、いにおさんの描く世界観に惹かれたんです。実写になったとき、いにおさんが観たらどう思ってくれるだろう……。もうそれだけでした。浅野いにおという、たったひとりの観客に向かって作り上げた映画です。「君は何もわかってない……。」最後に呟く深澤……。いにおさんが描き上げた深澤薫にずっと向き合って撮った映画です。初めて読んだとき、涙が溢れた浅野いにお原作の『零落』です。
――ご自身が役者だからこそできる演出などはありますか?
竹中:そんなものはないです。ただ役者も監督も同じ人間ですからね。この人はどんな事に傷ついて生きてきたのだろう……って想像する事が全てでした。こう動いてほしいっていう、自分のイメージを押し付けないようそれは心掛けました。それを自分で動いてしまったら俳優はやりづらいですからね。俺の真似になってしまう。俳優の演技にゆだねることが大切だと思います。俳優のお芝居を信頼するのが監督の仕事でもあります。
――自分のイメージと演技が違った場合はどうされているのでしょうか。
竹中:それはないですよ。基本的にキャスティングした時点で役はできてしまっているので、竹中組に関しては役作りは必要ないんです。いい脚本があって、キャストが決まればもう役の90%でき上がっています。あとは現場での即興にどう応えていくかです。段取り芝居は決してやりたくない。だからテストは繰り返さないです。
ぼくは素材撮りも一切やらないので、同じお芝居を何度も繰り返す事はありません。そういう意味では役者としてはやりやすいと思いますけどね。だいたいの現場は、同じ芝居を何度も何度も編集素材用にいろんなアングルで撮りますからね。竹中組はテスト一回、すぐ本番。いきなり本番って事もあります。
――最後に記事を読んでいる方にメッセージをお願いします。
竹中:みなさん、ナマステ〜。テアトル新宿はとても素敵な劇場です。多摩美時代は、新宿に映画を観に行くのが大イベントでした。その新宿で『零落』が上映されるなんて本当に感動です。そして歴史あるあのテアトル新宿で上映されのが本当に嬉しい。映画は映画館で観てこそ映画です。今回は音響にもかなりこだわっているので、絶対スクリーンで観て欲しいです。細かい微妙な音は映画館でしか聞くことができません。遠くから聞こえる蝉の声、雨が囁く音、俳優たちの息遣い……。そしてドレスコーズの『ドレミ』を、映画館の音響で是非体感して欲しいです。絶対観に来てね!劇場で待ってるぜ。暇なときは必ずトークイベントをやるぜベエべ!何卒、よろしくお願いします!って言ってんだ、てんだ、てんだ、ラブミーテンダー!なぁ〜んちゃって!ちゃって!チェット・ベイカー!!!
竹中直人。
(取材・写真:曽根真弘/ヘアメイク:和田しづか/スタイリスト:伊島れいか)
映画『零落』は3月17日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
原作:浅野いにお
監督:竹中直人
出演:斎藤工/趣里/MEGUMI/山下リオ/土佐和成/吉沢悠/菅原永二/黒田大輔/永積崇/信江勇/佐々木史帆/しりあがり寿/大橋裕之/安井順平/志磨遼平/宮﨑香蓮/玉城ティナ/安達祐実 ほか
配給:日活/ハピネットファントム・スタジオ
公式サイト:https://happinet-phantom.com/reiraku/#modal
公式Twitter:@reirakumovie
©2023浅野いにお・小学館/「零落」製作委員会