『二重生活』視線の演出家・岸善幸監督インタビュー 「“そこにいる”感覚を大切に」

直木賞作家・小池真理子の同名小説を原作に、『愛の渦』の門脇麦が単独初主演を果たした映画『二重生活』が6月25日(土)より全国公開される。表参道、渋谷など移りゆく東京の街の風景のなかで、見ず知らずの他人を“尾行する”という禁断の行為にはまっていく女子大学院生の覗き見生活を描く心理サスペンス。主演の門脇をはじめ、長谷川博己、菅田将暉、リリー・フランキーらが演じるキャラクターの心情や関係性を生々しくも繊細に描き出したのが、映画作品で初のメガホンを取った映像作家・岸善幸監督だ。


二重生活

──改めて完成した映画を観ていかがでしたか?

監督:役者のみなさんが素晴らしい演技をしてくれて、想像を超えていいものになったと思います。脚本を作っているときに主人公の珠を、麦ちゃんだったらどう演じるんだろうかとか想像しながら書いていたんですけど、実際に撮影がはじまると、麦ちゃんはじめ、キャストのみなさんの演技は僕のイメージをはるかに超えていて、どのシーンにもすごく血が通ってた作品になったと思います。


二重生活

──今回なかなかカットをかけずに、長く撮影されていたと伺ったのですが。

監督:僕が作品の中に何が欲しいかというと、登場人物が“そこにいる”という感覚なんです。今回のキャストはみな実力派の方々なので、その辺の理解度が高かった。僕が紙の上で描いていた人物が、映像の中で、呼吸して生きているという感覚になったと思います。

長回しで撮影するのも、“そこにいる”というところを大切にしたいからです。例えば珠ちゃん(門脇麦)と卓也(菅田将暉)が会話するシーンでは、2人の気持ちを分断させたくないので、スタートからカットまで長回し、通し芝居をやってもらって、彼らなりに気持ちが完結して終わるまで粘りました。

──菅田将暉さんが「普段撮影には段取りがあるけど、岸監督の現場だと最低限の段取りのみで、あとは役者任せだった」とおっしゃっていましたね。

監督:よく麦ちゃんが話していたんですけど、「考えすぎるといろんなことを考えてしまって、うまい具合にお芝居ができなくなる」と。役者さんはもう台本を読んで、自分たちなりに理解してると思うんですよね。今回の設定のような同棲しているカップルでも会話の中に本音が出せないような2人であれば、あまり計算しないでも、ぎこちなくぶつかってもらった方が役柄とリンクしてくるかもしれないと思って。そういう狙いもあることは、あるんですけどね。


二重生活

──門脇麦さんをキャスティングした決め手は。

監督:『愛の渦』です。『愛の渦』を観て、前半はセックスに対する照れとか、満たされる表情があって、後半に池松壮亮さんとの2人のシーンでは、表情の転調が鮮やかで、とても複雑な心理を表現できる人だなと思ったんです。

今回の作品でいうと、セリフのやり取りだけではなくて、尾行したりするわけで、その表情とくに「目」ですよね。がすごい重要になってくる。そういうことを考えて麦ちゃんにお願いしました。

──丸いメガネが印象的でしたが、眼鏡とコンタクトを使い分けた意図をお聞かせください。

監督:衣装合わせの時に相談して、眼鏡というのはある記号で、「勉強ばっかりしてきた女の子…」というところもありました。それから、変装するっていう意味もあります。何度も何度も尾行していくと、長谷川博己さん演じる石坂に気付かれてしまうんじゃないかと。そんな時に眼鏡を外すということにしようと。


二重生活

──映像制作をはじめたきっかけは何だったのですか。

監督:学生時代に8ミリをやっていて、ちょうど就活のころに松竹の助監督試験が何十年ぶりかであったりして、すごい倍率だったんで無理でしたけど。でまあ、当時の就活状況でいうと売り手市場だったんですよ。映像とは関係のない会社の内定が1、2社あって、でも、映像にも関わりたいので、どうしようかなって思っている時に制作会社「テレビマンユニオン」の募集要項を友達がくれたんです。それで試験をうけたのが始まりといえば始まりです。

──今までずっとドキュメンタリーやドラマの制作をされていて、今回が初の劇映画ですが、何かギャップや苦労した点はありますか。

監督:臨む姿勢としてはいつも全力投球なので、あまり変わらないです。今回映画を作ってみて興味深かったのは、音楽、音付けをする時に劇場のような大きなスクリーンがあるダビングルームで作業するじゃないですか。普段テレビを作っている時は小さなモニターで編集して、プレビューの時に少し大きいテレビで観るくらいなんです。それがスクリーンサイズになると、やっぱり映像の奥行きとか細かな部分が見えちゃうんですね。美術スタッフをはじめいくつかのセクションに映画の方々に入ってもらったんですけど、やっぱりこだわりが違いますよね。スクリーンを意識して日常的に作業を経験してみると、その「こだわり」に合点がいったというか、映画の懸命さっていうのはすごいなって思いました。


二重生活

──尾行シーンの緊張感がすごい伝わってきました。その撮影でこだわった点はありますか。

監督:この映画で重要だったのは“視線”の映像です。珠が尾行したり誰かを見ている時の主観の映像、それから、映画を観るお客さんの視線になるべき客観の映像。珠と石坂の尾行シーンは、この2つの視線の映像を意識して撮りました。もう一つ、監視カメラの映像も加えました。誰かが見ている、あるいは、誰かに見られている、そんな現代の雰囲気を感じてもらいたいと思ったからです。

──今後、挑戦してみたいテーマはありますか。

監督:次はアクションというか、ボクシングを題材にした映画を作る予定です今回の作品もそうですけど、次回作もヒューマンなものになると思います。


二重生活

──最後に、公開を待つファンの方々にメッセージをお願いします。

監督:人間が持つ二重性を捉えようとして作った映画ですけど、多少なりとも、それは捉えられたんじゃないかっています。現代を覆う虚無感や孤独感の中で、主人公の珠は尾行という行為を通じて、自分なりに成長していきます。珠は20代で、尾行される石坂は40代、珠に尾行を勧める篠原教授(リリー・フランキー)は50代。それぞれの世代が抱える「生と死」についても描いたつもりです。そういう意味で世代を超えてたくさんの人に観てもらえたら嬉しいですね。

映画『二重生活』は6月25日(土)より新宿ピカデリーほか全国公開

【CREDIT】
原作:小池真理子「二重生活」(KADOKAWA/角川文庫刊)
監督・脚本:岸善幸「ラジオ」「開拓者たち」
出演:門脇麦 長谷川博己 菅田将暉/河井青葉 篠原ゆき子 西田尚美 烏丸せつこ/リリー・フランキー
配給:スターサンズ 公式サイト:http://nijuuseikatsu.jp/

(c)2015「二重生活」フィルムパートナーズ

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で