<映画制作の現在イマ> 第2回「バーチャルプロダクションについて聞く」

映画制作を取り巻く環境が変化する現在。システムの技術的進歩・場所の変化など、制作手法・環境は常に進化している。そんな映画制作の現場を紹介していく。

今まで、撮影現場ではあらゆる合成手法が模索されてきた。ここ2、3年でバーチャルプロダクションという言葉を耳にする機会が増えてきている。海外では『マンダロリアン』『THE BATMAN-ザ・バットマン-』などの現場で使用され始め話題になっている。バーチャルプロダクションとは一体どんな技術なのか。

株式会社角川大映スタジオとソニーPCL株式会社が共同で2023年1月に角川大映スタジオ内に開設した、期間限定のバーチャルプロダクションスタジオに伺い、角川大映スタジオ バーチャルプロダクション室 室長 小林壯右氏、ソニーPCL ビジュアルソリューションビジネス部 バーチャルプロダクション課 遠藤和真氏に一体バーチャルプロダクションとは何かお話を伺った。

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左から角川大映スタジオ 小林壯右氏、ソニーPCL 遠藤和真氏

バーチャルプロダクションとは

――初歩的な質問ですが、バーチャルプロダクションとは何でしょうか?

遠藤:実はバーチャルプロダクションという言葉の定義は広く、グリーンバック撮影も含め、CG・動画を使って行う様々な撮影手法が含まれています。当社と角川大映さんが提供しているバーチャルプロダクションとは、LEDウォールを使用して仮想の背景を表示して、手前の美術セットと一緒に役者さんを撮影する技術です。背景をCGで制作している場合、リアルタイムレンダリングという技術で背景とカメラを同期させることも可能です。そのためカメラアングルが変わっても背景が追従して、ロケ撮影のようにアングルや、ズーム・フォーカスも連動して撮影ができる仕組みです。LEDウォールなどのハードウェアとゲームエンジンというリアルタイムでCGを処理するソフトウェアの双方が進化してきて、今撮影の領域でも活用が進んできました。

――LEDウォールは1枚のモニターではないんですよね?

遠藤:LEDウォールは、コンサートとかステージでもよく使われているものですが、大体50センチとか60センチぐらいの小型の1ユニットを組み上げて足していくことで任意の大きさにしています。実際に角川大映スタジオさんに置いているものも、320枚のユニットを組み上げて1枚の画面を構成しているものですね。今置いているのは約8Kが映るLEDで、横幅が約12m、縦幅が約5.4mのサイズです。

――LEDウォールを使用した撮影の手法はどんなものがありますか?

遠藤:LEDウォールを使ったバーチャルプロダクションとしては、大きく2種類ですね。一つはスクリーンプロセスと呼ばれるものです。昔から映画の手法としては、プロジェクターなどでスクリーンに画を出して、それを書き割りとして背景にする技術がずっとありました。それを高精細なLEDに、画像や動画を表示して行っています。CGを作るのではなく、実際の場所や風景を動画または静止画で撮影してきて、それをLEDウォールに表示して撮影する手法です。

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背景のLEDウォールに動画が表示されている 写真提供:株式会社角川大映スタジオ/ソニーPCL株式会社

もう一つはインカメラVFXという技術で、これは背景がカメラと連動する手法です。カメラを動かしても、常にパースがついてくる。被写体にズームをしたら、背景のボケ感もそのズームの値によってちゃんと反映されます。

――インカメラVFXの背景は、カメラの動きに合わせてどのように動いているのでしょうか?

遠藤Epic Games社のUnreal Engineというゲームエンジン(ソフトウェア)を使用しています。RPGゲームなどをイメージするとわかりやすいですが、ゲーム空間の中では、被写体や主人公が歩いたところがリアルタイムで描画されます。その技術を応用して、常にカメラの位置と背景を連動させた映像をリアルタイムで描画することができます。

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Unreal Engineが入ったPC

現実の空間にあるカメラには赤外線センサー、スタジオには400個ぐらいのマーカーが天井に付いています。そのマーカーを星の座標のような形で常に読み取っていくことで、カメラが常に自分がどこにいるのか位置情報を取得することができます。その情報とカメラ位置と動き方、ズームの値・フォーカスの値などを、背景の空間に送っています。

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カメラ上部に赤外線センサー
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赤外線センサー
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マーカー
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赤外線センサーでマーカー位置を取得

角川大映スタジオとソニーPCLの連携について

――今回2社が共同で、期間限定のバーチャルプロダクションスタジオを開設された経緯を教えてください。

小林:以前から当社がバーチャルプロダクションに興味があったのがきっかけです。
当社はスタジオ/照明機材/ポスプロ施設のレンタルと美術製作を事業の柱にしています。映像製作において演者以外の後ろの背景は本来美術の領域だったのですが、バーチャルの世界が増えれば増えるほど、当社で提供しているリアル美術セットの領域は減っていきます。そこの分野を再度美術の領域として我々が取り組まなければいけないと思っていました。

――角川大映さんと一緒にやられていかがですか?

遠藤:当社の「清澄白河BASE」では、美術セットを大がかりに組むのはなかなかできない環境でした。今回一緒に検証しながら取り組むことができました。CM案件でいうと、LED手前の物理的な空間の充実度が、すごく作品の質を上げることがわかりました。セットと役者さんがメインで、窓抜けの背景がLEDウォールという話も、何件かトライすることができたのですが、映像の調整の仕方などのノウハウが我々も溜まってきています。美術でこれができるんだったらCGはこういう調整にしよう、そうしたら美術の調整幅もこういった形にしておきましょうと話をした上で臨める。最初の段階でお話を詰められるのは美術部さんがいらっしゃる良さの一つですね。

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ーー今回実際にバーチャルプロダクションに取り組んでみて、美術部さんの反応はいかがですか?

小林:当社のスタジオは、フラットな形状のLEDウォールを常設しており、基本的には美術セットと併せやすいバーチャルプロダクションスタジオです。LEDウォールが基準になるので美術セットにキャスターを着けて可動式で製作しました。複数シチュエーションを撮影する事が多かったので、コンパクトに製作する事を心掛けました。カメラアングルを探るときも、LED内の背景も動かすことも出来るし、美術セットも動かすことも出来るので現場での選択肢と機動力が向上しました。

――今年の3月までの開設予定が6月中旬まで延長されていますが、非常に好評ということでしょうか?

小林:問い合わせ件数が想像以上に多かったからです。バーチャルプロダクションのお仕事は設備と施設がないと問い合わせ自体が来ません。開設期間を延長して市場の動向を確認したかったのと、撮影本数を増やしてお客様の生の声を聞いてみたかったので、ソニーPCLさんと協議して6月14日まで協業期間を延長したという形です。

――利用された方の反応はいかがでしょうか?

遠藤:日本国内の複数のロケーションを撮影するCM案件では、国内にロケに行こうと思えば行けるのですが、忙しいスケジュールの役者さんを各所に連れて行くのはなかなか難しい。今回、背景を実写で撮影してきて、役者さんの撮影はスタジオで1日で行うということが実績としてできました。ロケで天候が悪く撮影スケジュールが伸びていくと予算も増えていき、その際の調整も大変という意味で言うと、スタジオで実現でき効率も良かったですし、クオリティも十分だったということで、喜んでいただいたというお話は聞いていますね。

小林:この協業期間中に撮影していただいた案件としては、バーチャルの背景は屋外のパターンがほとんどでした。役者さんの限られたスケジュールとロケ時の天候リスクを避ける事が目的でした。結果何回かは撮影当日雨が降り、この選択は大成功だったと、プロデューサーさんから言われました。役者さんの反応もすごく良いです。従来の合成撮影だと何が映っているかわからないまま演技をしていましたが、完成形の世界観を確認できるのでより没入して演技ができるようです。また、従来の合成幕を使用した撮影ではなくLEDウォールを使用したバーチャルプロダクションでは、LEDが発光していますので、背景世界の自然な環境光が照明の役割も兼ねるのでバーチャルとリアルの空間の馴染みが良いです。

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写真提供:株式会社角川大映スタジオ/ソニーPCL株式会社

ーー制作されたジャンルは何が多いですか?

小林:この協業期間中の実績はTVコマーシャルとミュージックビデオです。

――映画作品はありますか?

遠藤:そうですね。ソニーPCLの「清澄白河BASE」では映画作品も何件かあります。映画ですと企画段階が長かったり、撮影が半年後だったりすることもあるので、常設期間が長ければ長いほど、そういう相談も入りやすかったりするとは思います。今はCMの方が予算感やスケジュールに合う作品が多い印象ですね。

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写真提供:ソニーPCL株式会社

――バーチャルプロダクションで撮影をしようと思うと、予算がないと難しいですか?

小林:いや、当社で受けている案件も、コマーシャルの中でもそこまで大きい予算のものではないです。結局合成も、合成幕を張るにも当然幕代や人件費がかかるので大差はないです。当社では、多少コストがかかってもお客様がバーチャルプロダクションを選択されることが多かったです。

バーチャルプロダクションの背景制作

――LEDウォールに映るものがそのまま完成物になるので、バーチャルプロダクションで撮影をする場合、背景を事前に用意することが必要だと思いますが、背景制作にはどれくらいの期間がかかりますか?

遠藤:CGで作成していくインカメラVFXで言うと、どんなに小規模でも1ヶ月ぐらいはかかります。約1ヶ月前には、監督のイメージや画コンテを用意して作り始めないと、なかなかスケジュールに合わせられません。例えば森のシーンだとしても、そのカメラアングルの後ろに森の木がどれぐらい広がっているのか、そのスケール感がその作品によって違うので。広ければ広いほど作るのが大変なのはもちろんですし、逆に言うとカメラアングルの中で狭い範囲でもよければ、初めから広く作る必要はないのが利点なので、その辺のお話を、遅くとも1ヶ月ぐらい前、理想としては2・3ヶ月前に始めたいですね。

――1ヶ月前からCGを制作するとなると制作費がかかる印象ですが、グリーンバックで合成するか、バーチャルプロダクションで合成するかはどのように使い分けていますか?

遠藤:バーチャルプロダクションでは、足元は美術で作る必要があることが多いです。人物をフルショットで映した足元は、LEDがあるわけでも、グリーンバックでそこを合成するわけでもないので、床に関してはリアル美術セットを作る必要があります。

背景はシーンに合わせて作りますが、背景の映像がそもそも撮影日に間に合わないときは、グリーンバックで後処理する手段を取らざるを得ないですね。あとは、LEDウォールのサイズによって撮影できる画角やサイズが決まるので、美術の床も含めた一番引いたときのサイズを一番引いたアングルとし、そこを中心にシーンを作っていきます。ワイドでの引きのシーンはグリーンバックの方が効率的であるなど、作るカメラアングルを企画段階で話します。美術部とCG部とプロダクションサイドで話を始めることが多いです。

小林:バーチャルプロダクションが徐々に浸透してきて、TVコマーシャルのメイキング映像などで、「これはバーチャルプロダクションで撮影したモノでした」という案件を目にする機会が増えています。CM制作会社のプロデューサーも実際に使用して撮影をしたことがある人や、以前から興味を持っていた人も結構いて、徐々にですがバーチャルプロダクションの市場が広がってきている感覚はあります。

バーチャルプロダクションの工程

――バーチャルプロダクションで制作する場合、実際の撮影日までにどのような作業工程があるのでしょうか?

遠藤:まずは画コンテをもとに、どのカットをバーチャルプロダクションで撮影するのかを決めます。場合によっては、ここはフルCGでいきましょう、ここはロケでいきましょう、というのもありますし、全編スタジオでバーチャルプロダクションで撮りましょう、という場合もあります。そこに必要な背景コンテンツを、CGを作って連動させるのか、静止画や動画で出していくのかについては、スケジュールとコストの調整をして決めていきます。

一般的なスタジオ撮影ですと撮影の前日に準備をすることが多いのですが、バーチャルプロダクションの場合は、撮影の1週間前2週間前くらいに一度、背景映像をスタジオで表示して、カメラアングルを覗いてみるロケハン的なものを設定します。現状の背景の案や世界観をLEDに出しながら、カメラマン・監督チームと認識合わせをし、背景の修正を本番までに行うという工程です。

インカメラVFXでいうと、CGがリアルタイムで動いてカメラと連動していく技術なので、実際のカメラの動き方次第でCGの動き方も変わってきます。撮影前に撮影・照明・美術、各チームが本番想定で1回カメラアングルを作る。そこで、背景も含めてOKかどうか確認する日を本番の前日に設定できるかが重要です。そこを目指して事前準備の工程を作ります。角川大映さんの場合は、美術セットが充実している企画が多いので、背景を作るときに、CGコンテンツとその手前のリアル美術セットをどういうふうに作り、どう合わせていくのかが、工程の中のもう1つ重要なところです。

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℗KADOKAWA DAIEI STUDIO CO., LTD. /Sony PCL Inc.

バーチャルプロダクションの今後

――バーチャルプロダクションで現在撮影をしていて感じる課題はありますか?

遠藤:まだまだバーチャルプロダクションの経験がある方が多くないので、グリーンバックやロケで撮影ができてしまえば、バーチャルプロダクションをやるまでもないという状況になることですかね。ロケを全部この仕組みに変えましょうとは我々も思っていないので、ロケでも撮れないし、グリーンバックよりもひょっとしたらクオリティが上がるという方向でご提案をしていますが、まだまだ撮影に結びつかないお話も実は結構あります。バーチャルプロダクションで撮影するメリットがより実践的に理解してもらえるようになれば、機会がどんどん増えていくのではと思っています。

小林今回の協業でソニーPCLさんにLEDウォールを常設で設置してもらいましたが、こういった施設が増えてくると、お客様もより身近なものとして感じてくれると思います。実際にLEDウォールを見たことない方も多く、別件で撮影に来られた際にちょっと覗かせてと言われたりしました。撮影所はほぼ365日お客様が来て撮影をしているので、撮影所にバーチャルプロダクションスタジオがある事は良いPRになると思います。

それとエンジニアが少ないというのも一つ課題だと思います。Unreal Engineというゲームエンジンを使用しているのですが、その分野の人たちはゲーム業界に行くので、映像分野にもUnreal Engineのエンジニアが入る道がある、というところも布教していかないといけないなと思います。

――最後に、バーチャルプロダクションの今後にどのような可能性を感じていますか?

小林:映像製作をされている皆さんに「バーチャルプロダクション」という選択肢がある事を浸透させたいです。企画の段階から「こんなことをやりたい」とお客様から問い合わせをいただき、バーチャルプロダクションを選択するメリットや映像表現の幅が広がる事をお伝えしていきたいです。

従来の撮影手法よりもバーチャルプロダクションでやればよかったよねという事例は多くあると思います。バーチャルプロダクションスタジオ撮影かロケ撮影か双方メリットもデメリットもあると思います。お客さんに最適な撮影環境の提案をしていきたいと思います。

遠藤使い方次第で、いろいろ挑戦してもらえると思います。技術もどんどん進化していくと思うんですね。映画やゲームでもそうですが、実写と本当に変わりがないようなシーンがCGで作れるので、今後はどんどん実写で撮影しているのか、CGなのかさらにわからなくなると思います。そうすると作品のクオリティも上がるし、撮れないと諦めていたシーンが映画の中に生まれるかもしれない。そういった時の選択肢になるといいなと思っています。これからもクオリティアップが出来るように、取り組んでいければと思います。

(取材・写真:曽根真弘

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