ニューヨークに暮らすLGBTの孤独な少年が、心安らぐ居場所や仲間と出会ったことで「本当の自分」を開放していく姿を、ソウルフルな歌とダンスにのせて綴った映画『サタデーナイト・チャーチ -夢を歌う場所-』が2月22日(金)より劇場公開される。
ほぼ無名のスタッフ・キャストによる「マイノリティをテーマにした映画」であるにも関わらず、映画サイト「ロッテン・トマト」で驚異の93%フレッシュをたたき出し、世界各地の映画祭で見事14冠に輝いた本作は、まさしく「掘り出し物」と呼ぶにふさわしい、底知れぬパワーを秘めた作品だ。
父親の死をきっかけに「女性のように美しくなりたい」という秘めた思いを抑え切れなくなった少年ユリシーズは、こっそり母親の真っ赤なハイヒールを履いているところを幼い弟に目撃され、厳格で口うるさい叔母に告げ口されてしまう。「もっと男らしくしなさい」と頭ごなしに叱りつけられる日々に嫌気がさしていた矢先、彼は街で知り合ったトランスジェンダーたちに「サタデー・チャーチに一緒に行かないか」と誘われる。
「サタデー・チャーチ」とは、その名の通り毎週土曜日の夜にだけ教会で開かれる、24歳以下のLGBTの若者向けの支援プログラムのこと。今でもプロテスタント教会を中心にニューヨークで実際に行われているプログラムで、温かい食事や衣類品が振舞われ、悩み相談にも応じてくれる、孤立しがちなLGBTの若者たちの「憩いの場」なのだ。特にニューヨークでは「有色人種のLGBT」への差別が年々深刻化しており、家族から見捨てられ行き場を失った若年ホームレスが増え続けている。そこに歯止めをかけるべく教会が門戸を開いた。しかもそこは従来のイメージ通りの厳粛な教会とはうってかわり、「ヴォーグ・ダンス」と呼ばれる華やかな「ダンスコンテスト」のための練習場としても使われていて、思い思いのファッションに身を包んだ若者たちが、自らの個性を思う存分発揮できる場所でもある。サタデー・ナイト・フィーバーとまではいかないが、土曜の真夜中に教会がダンスフロアになるなんて、日本では想像がつかない。映画でも夢のような空間が広がっている。
学校でも家庭でも孤立していたユリシーズは、初めて自分らしく居られる場所や同じ悩みを抱える仲間と出会い、ゆっくりと凝り固まった心を開放していく。そして自身もコンテストへの出場を夢見て練習に打ち込むが、そんなある日、隠していたハイヒールが叔母に見つかり叩かれたことから、心底傷ついたユリシーズはついに家出を決行。「サタデー・チャーチ」の日までひとり街を彷徨うはめになった彼に、人生を変える出来事が待ち受ける──。
特筆すべきは、100人を超える参加者の中から見事にユリシーズ役を勝ち取った、ルカ・カインの美しさだ。もの静かな雰囲気を身に纏った少年が、自らを表現することの喜びを知ってみるみる輝きを増していく過程が、繊細かつ大胆にスクリーンに映し出されていく。ハリウッドの芸能一家に生まれ、4歳からモデルとして活躍。7歳にして既にブロードウェイデビューも果たしたという彼の天性の魅力が、ユリシーズという役柄を通じて見事に花開いた瞬間を、目の当たりにできる貴重な作品とも言えるのだ。
そして、ユリシーズを姉のように優しく見守る年上の友人を演じたMJ・ロドリゲスやインドゥヤ・ムーアといった、実際のトランスジェンダー俳優たちが見せる「酸いも甘いも噛み分けてきた」かのようなチャーミングな演技も見逃せない。中でも本作においては、突如始まるミュージカルシーンでこそ、役者たちの真価が一層発揮されている。その声と旋律が物語る彼らの心の叫びに、観る者は皆、胸を打たれるのだ。
監督を務めているのは、本作が長編映画デビューとなるデイモン・カーダシス。もともと俳優としてキャリアをスタートし、過去にはジュリアン・ムーア主演の『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(レベッカ・ミラー監督)で、プロデューサーを務めた経験を持つ。自身もゲイであることを公言している監督が、自らの体験と綿密なリサーチをもとに脚本を書き上げ、プロデュースや作詞まで自身で担当していることからも、本作にかける想いの強さがうかがえる。
どんなにつらい現実が待ち受けようとも、「自分らしくある」ために、互いに支え合いながらも逞しく生きるユリシーズたちの姿に、きっと大きな勇気をもらえるはずだ。(文/渡邊玲子)
映画『サタデーナイト・チャーチ -夢を歌う場所-』は2月22日(金)より新宿ピカデリー他全国公開
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