『ペトラは静かに対峙する』特集|逃れられない悲劇の連鎖…カンヌ常連監督が観客に仕掛ける巧妙な罠に驚愕する──

ペトラは静かに対峙する
(C)2018 FRESDEVAL FILMS, WANDA VISIÓN, OBERON CINEMATOGRÀFICA, LES PRODUCTIONS BALTHAZAR, SNOWGLOBE

カタルーニャの乾いた大地で繰り広げられる、人間の闇をえぐる怪作サスペンス『ペトラは静かに対峙する』が、6月29日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次公開される。監督を務めているのは、過去に手掛けた長編6作品のうち、なんと5作品がカンヌ国際映画祭に選出されたという驚異の打率を誇る、スペイン人映画作家ハイメ・ロサレス監督だ。

◆カンヌ常連監督が観客に仕掛ける巧妙な罠──

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映画の冒頭、「第2章 ペトラ ジャウメの世界に出会う」の文字がいきなりスクリーンに映し出され、一瞬「え!?第1章は??」と頭が混乱してしまう。フィルム上映の時代なら、「映写の際に1巻目と2巻目を取り違えたのか?」と疑いたくもなるところだが、どうやらこの違和感も、この監督ならではの戦略らしい。いきなり第2章から始めることで観客に「ガツン」と一発お見舞いしつつ、ふとカメラをゆっくりスライドさせたかと思えば、今度は前進してみせる。扉の先に続く奥行きのある世界に、みるみる吸い込まれてしまうのだ。

◆人気彫刻家の正体は…血も涙もない卑劣な“暴君”

ペトラは静かに対峙する
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物語の舞台となるのは、スペイン・カタルーニャ地方に建つ人気彫刻家ジャウメの豪奢な邸宅。ある日画家を生業にする女性ペトラが、この邸宅を訪れる。彼女はここにしばらく滞在して、絵画作品の制作を行うという。だが、それは単なる口実でしかなく、本当の目的は、ジャウメが実の父親かどうかを自分の目で確かめることだった。言ってみれば、素性を隠しスパイとしてこの家に潜入したというわけだ。

ペトラはジャウメの妻であるマリサや息子のルカス、家政婦のテレサらと次第に距離を縮めるが、ルカスとは異母兄弟の可能性があり、何も知らずに自分に好意を寄せてくる彼とは「決して結ばれてはならない」という思いが彼女の内に湧き上がる。そうこうしているうちに、物語は意外な方向へと舵を切る。家政婦のテレサが突然、謎の自殺を遂げるのだ。

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テレサの自殺の理由は明かされない。だが、恐らく彼女を自殺に追い込んだと思われる「卑劣な行為」をのぞき見してしまった観客は、この映画が単なる謎解きやサスペンスといったカテゴリーには収まらないことを痛感させられる。血も涙もない「ジャウメ」という名の“暴君”による理不尽な仕打ちや嘘の数々が、この物語にとてつもない悲劇をもたらすであろうことが早々に提示されるからだ。

◆ペトラの父親探しの旅はどんな結末を迎えるのか──

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第2章から幕を開ける本作は、その後も第3章・第1章・第4章・第6章……と、現在・過去・未来を行きつ戻りつしながら、観客を一度たりとも飽きさせることなく、真実が待ち受けているであろう深層へと誘っていく。だが、物語にのめり込むほど、どこかギリシャ悲劇を思わせる負の連鎖が待ち受ける。果たして、暴君ジャウメに翻弄されてゆく人々の運命は、どんな結末へと向かうのか……。

ペトラは静かに対峙する
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ちなみに、ペトラが制作している絵画は、いわゆる静物画や抽象画といったものではない。カメラの前で自らがモデルとなって動き、それを記録した映像を基に絵画へ落とし込む。いわば現代版の自画像だ。だが映画が進んでいくにつれ、彼女が習作として男性の顔を描いては塗りつぶす様子から、彼女にとって絵を描く行為は、まだ見ぬ父親像を探すことと密接につながっていることがうかがえる。その証拠に、彼女はある出来事をきっかけに、絵を描くことを止め、全く別の仕事に就いてしまうのだ。

◆ベテラン女優と無名の超大型新人を対峙させる配役の妙──

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ヒロインのペトラを演じているのは、『マジカル・ガール』でスペインのアカデミー賞こと、ゴヤ賞で主演女優賞に輝いた若手実力派バルバラ・レニー。そして、ペドロ・アルモドバル監督の『オール・アバウト・マイ・マザー』で知られ、2018年に名誉ゴヤ賞を授与されたスペインの大女優マリサ・パレデスが、ジャウメの妻・マリサに扮している。

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驚くべきは、これらの大女優にまったく引けを取ることなく、圧倒的な存在を放つ暴君ジャウメを演じたジョアン・ボテイの本職が、なんと化学・農業学のエンジニアであり、演技未経験者だったこと。ベテラン俳優ばりの名演の秘訣は、彼がカタルーニャ地方のエンポルダに位置する美しく広大な私有地Fitorの所有者であり、そこがこの映画のロケ地となっていることと、きっと無縁ではないはずだ。つまり、父から譲り受けたその土地の主であることが、いかなる名優にも叶わない説得力をもたらしているというわけだ。

◆逃れられない悲劇の連鎖…人間の闇をえぐる怪作──

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予測不能な数々の悲劇に震撼させされながら、まるでパズルのピースが嵌まっていくかのようなカタルシスが味わえる映画『ペトラは静かに対峙する』。不気味なアカペラの旋律に導かれるかのように、人間の心に潜む闇や業が白日の下にジリジリと晒されてゆくさまを、ぜひ劇場で見届けて欲しい(文/渡邊玲子)。

映画『ペトラは静かに対峙する』は6月29日(土)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

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作品情報

ペトラは静かに対峙する

ペトラは静かに対峙する

4.0
2019/6/29 (土) 公開
出演
バルバラ・レニー/アレックス・ブレンデミュール/ジョアン・ボテイ/マリサ・パレデス ほか
監督
ハイメ・ロサレス