マーク・ウェブ、“ずっと頭から離れなかった”脚本『さよなら、僕のマンハッタン』インタビュー

4月14日(土)より公開の映画『さよなら、僕のマンハッタン』より、マーク・ウェブ監督のインタビューが到着した。

さよなら、僕のマンハッタン
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本作は、原題と同じサイモン&ガーファンクルの名曲「The Only Living Boy in New York」にのせて贈る大人のロマンティック・ラブストーリー。『(500)日のサマー』ではジョセフ・ゴードン=レヴィットを、『アメイジング・スパイダーマン』シリーズではアンドリュー・ガーフィールドを一躍スターダムに押し上げたウェブ監督のもと、『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』にも出演しているイギリスの新鋭カラム・ターナーが、親元を離れたNYで成長していく等身大の主人公を演じる。

さよなら、僕のマンハッタン

何年も前に初めて読まれて以来、ずっと心をつかんでいる脚本の魅力を尋ねられると「2点あります。まず、ずっと頭から離れないシーンがありました。ジョハンナとトーマスでの最初のシーンで、彼女が“人はいつも無意識に行動をしてしまうものよ”と言う場面です。彼らが初めて出会ったときの会話は本質を突いていてとても考えさせられるものでした。私はこの先の展開を知りたくなりました。そのときのジョハンナのセリフはある意味現実となるわけで、私はこのシーンに引き込まれました。脚本を読んでいて、どんどん次の展開を知りたくるのです。これが1点目です。もう1点は、ジェフ・ブリッジス演じるW.F.ジェラルドとトーマスの関係性です。男性同士のこういった友情は珍しいですし、これには少し願望も含まれています。ジェラルドのようなメンターとの関係性は希少です」と、主人公トーマスとW.F.ジェラルドの関係性には自身の願望も投影されていることを明らかにした。

さよなら、僕のマンハッタン

作中の“ニューヨークはソウル(魂)を失ってしまった”というセリフについて、自身の意見を尋ねられると「この脚本は何年も前に書かれたので、私たちが練り直しました。若い人たちの意見は悲観的ですが、私はこの街に関して変わらないのは自己批判できるということだと思います。人々は常に“70年代は良かった”“80年代は良かった”などと言っています。私が信じているのはニューヨークが常に進化していること、そして驚くほど雑然としていると同時に美しい街であることです。人種や文化のるつぼというアメリカの側面を象徴しつつ、全くダメな要素もある。それらが全て集約されていて、物語を描くにはピッタリの環境なのです」と、かつて憧れ、今は自身が暮らす街ニューヨークについての持論を展開。

さよなら、僕のマンハッタン

また、超大作を手掛ける一方、『(500)日のサマー』『gifted/ギフテッド』、そして『さよなら、僕のマンハッタン』などの小規模作品も手掛けてきたウェブ監督にそれぞれの違いを尋ねると「『アメイジング・スパイダーマン』を撮る前は、撮影がどんな感じになるか気になりましたが、撮影後に役者たちと交わす会話は同じでした。同様に、技術、展開、カタルシスやニュアンスについて考えますし、多くの側面で似ていました。違いといえば、準備や人々の期待、そして作品が関わる様々なもののスケールですが、それは制作とは別のことです。これらの違いはありますが、全く違ったアプローチはできません。注目されず期待に応えなくてはというプレッシャーもない、解放された気分でしたよ。映画のクリエイティブな要素を全て集結させ、自分たちが作りたい作品を作れたことは素晴らしかったです。ファンの子供がコスチュームについてどう思うかな、と心配する必要もありませんしね。とても楽しめました」と、様々な制約から開放されよりクリエイティブに集中できる本作のインディペンデントな映画製作について語った。

さよなら、僕のマンハッタン

さらに、本作の制作を一言で表すと「楽しくてウキウキする、まるでバケーションのような撮影でした。映画制作における11番目の戒律は“なんじ、ジェフ・ブリッジスと映画を作れ”ですね(笑)」と、制作を心から楽しんだ様子と共に、憧れのジェフ・ブリッジスとの仕事の興奮を垣間見せた。

映画『さよなら、僕のマンハッタン』は4月14日(土)より新宿ピカデリー他にて全国公開

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