『ブルーサーマルVR−はじまりの空−』上田慎一郎監督インタビュー
小沢かなの漫画「ブルーサーマル−青凪大学体育会航空部−」を元に、現在話題沸騰中の映画『カメラを止めるな!』の上田慎一郎が監督と脚本を務め、VR映画として制作された『ブルーサーマルVR−はじまりの空−』。動力を必要としない航空機・グライダーを操縦する部活“航空部”を舞台とした青春ストーリーとなっており、ヒロインの都留たまきを小野花梨、“航空部”の倉持潤を水石亜飛夢、同じく“航空部”の空知大介を田中偉登というフレッシュなキャストが演じている。VR映画に初挑戦した上田監督に、今作の撮影秘話や今後のVR映画の可能性などについて聞いた。
──今作は埼玉県VR映像開発推進事業の一環として企画された映画だそうですが、監督はVR映画に初挑戦されてみていかがでしたか?
上田:実は今回のお話を頂くまでVR映像を見たことがなかったので、まずどこでVR映像を観られるのかリサーチすることからはじめて、ネット喫茶で視聴できることがわかったのでそこへ行って初めてVR体験をしてみたんです。ただ、ひとつ失敗したことがあって、僕は個室じゃなくてオープン席に座ってしまったので、1人でヘッドギアをつけてキョロキョロしている姿を周りにいた人達に見られていたと思うとちょっと恥ずかしかったなと…(苦笑)。ネット喫茶だったら個室で観ることをオススメします(笑)。
──“観客や視聴者が作品の外からじゃなく、中に入り込んで体験できるのがVR映画”という監督のコメントを拝見しましたが、一般的な劇映画とVR映画では演出方法なども違っていたのでしょうか?
上田:最初は一般的な劇映画を撮る感覚で原作の「ブルーサーマル−青凪大学体育会航空部−」を元に脚本を書いていって、たまきが主人公で視聴者がたまきの視点で映画を観るという内容だったんです。でも、VRというのは作品の世界に観客が飛び込んで、登場人物達と一緒に何かを体験することができるコンテンツなんだと途中で気付いて、それならば視聴者が劇中で何かしらの役割を与えられたほうが面白いんじゃないかと。それで “新入部員=視聴者”という形に脚本を書き直しました。
──視聴者に体験して貰うことを意識したうえで気をつけたことはありますか?
上田:視聴者が男性なのか女性なのかわからないですし、性別だけじゃなく年齢も含めてどんな人わからないですよね。となると劇中で“君はいつもカッコいいね”と視聴者に向かって登場人物が話しかけてきたときに、自分の容姿に自信がない人だとそこで気持ちが離れてしまうんです。他にも“あれ?髪の毛切ったの?”なんて視聴者に向けて声をかけるシーンがあっても、スキンヘッドの人だったらきっとその一瞬で気持ちが離れますよね(笑)。そんな風に視聴者を特定してしまうような台詞は入れないように気をつけました。そこは一般的な劇映画との大きな違いだと思います。
──そういったある種のルールを課すことによって、今作で新たに挑戦できたことはありますか?
上田:先ほどお話いたような登場人物達がカメラに向かって語りかける手法を“第四の壁を越える”と言いますが、この手法は映画では滅多に使われないんです。『アニー・ホール』や『デッドプール』などカメラ目線で観客に語りかける映画もまれにありますが、VR映画ではその手法を使いやすいというか、今作で多用できたのは面白かったです。あとは基本的にワンシーンワンカットで撮っていたので、視点の誘導をどうするかというのは凄く考えました。VR映画は視聴者が映像のどこを観ても良いという状況なので、こちらはある程度見せたいものに視線を誘導する必要があるんです。
──360度どこでも観られるところもVRの面白さですよね。
上田:そうですね。例えば劇中で空知が飛行機の写真を出したときや請求書を出したときに視聴者はその出されたものを観ますよね。それはある意味カット割りと同じなんじゃないかと思ったので、“ここでカットを割るな”という場面で視線を誘導していくようにしました。あと、たまきが右に逃げたり左に逃げたりするシーンがあるんですけど、たまきだけを目で追っていくと逃げてる最中に遠くのほうで暴れてるんです(笑)。最初はたまきがもっと暴れてたんですけど、ここでは倉持と空知の会話を視聴者に聞かせたいと思ったので、たまきの動きを少し抑えめにしてもらいました。そうじゃないとたまきが気になって男子2人の会話が入ってこなくなりますから(笑)。
──もし会話を聞き逃してしまった場合は2回目の鑑賞を試みるのもいいですよね。1回目では気付かなかったことを色々と発見できて更に楽しめると思います。
上田:それは一般的な映画も同じかもしれませんが、360度という意味では観られる範囲が広いので、是非何度も観て頂いて楽しんで頂きたいですね。
──そして今作では視聴者がグライダーで空を飛ぶシーンも登場しますが、VRならではのリアルな映像体験でした。
上田:グライダーのシーンは今作の肝でもあるので、そこに向けて作った感じはあります。原作の第一話でたまきが体験することを、視聴者が体験できるというストーリーになっていますが、原作を読んでいる人はまずたまきが逃げ出すことに驚いて、更に男子2人にあまり干渉されてなかった自分にその役回りがくるというドキドキを体感して頂けるんじゃないかと。“今からVRでグライダーに乗る体感映像を観ますよ”と言われて観るよりも、ちゃんとドラマがあって急に自分が飛ぶことになるという映像のほうが楽しめると思うんです。飛行中の音に関しても録音のスタッフさんが実際にグライダーに乗って飛んでる音を録ってくださっているので、凄くリアルに体感して頂けると思います。
──VR映画というジャンルにはどんな可能性が秘められていると思いますか?
上田:VR映画に限らず一般的な劇映画も3D映画も4DXも、様々な形態のものがそれぞれ発展していくような気がしています。ただ、VR映画で爆発的なヒット作品が生まれたらそこで一気にVRというジャンルは広まるのかなとは思います。それからVRは今後映像コンテンツに限らず電話にも使えるかもしれないですよね。離れて暮らすおじいちゃんやおばあちゃんとVR電話で話したら360度周りの景色なんかも含めてお互いに見ながら話すことができますから。そんな風にVRの可能性を考えるとワクワクしますし、またVR作品に挑戦したいです。
──次はどんなVR映画を撮りたいですか?
上田:僕が最初にネット喫茶で観たVR映像が心霊スポットを歩くホラー作品だったんですけど、どこからお化けが出て来るかわからないからキョロキョロしながら進んでいくんです。すると後ろから声をかけられて振り返って、次に正面を向いたら目の前に幽霊がいたのでめちゃくちゃ怖くて(笑)。おかげでホラー作品とVRは相性がいいことがわかったので、僕もとびきり怖いVR映像を撮ってみたいです。今作はカメラ自体を動かさずに360度撮るという手法だったんですけど、視聴者の視点を追っていくような、カメラを動かしながら撮ってみるのも面白そうだなと。ただカメラが動けば動くほど観る側が酔いやすくなるので、そこをどうするか工夫しなければいけないとは思いますけどね。またいつかVR映画を発表できるように色々と研究していきたいと思います。
公式サイト:http://bluethermal-vr.com
(C)小沢かな・新潮社/埼玉県/SKIP シティ彩の国ビジュアルプラザ
取材:奥村百恵/撮影:小宮駿貴