「SUPPORT EIGA PEOPLE ON THE LAND.〜映画に関わるすべての人々をサポートする〜」をビジョンとして掲げる映画ランド。そんな弊社が、映画界で活躍する監督・スタッフ・役者にお話を伺う。
『658km、陽子の旅』は、映画オリジナル企画コンテスト「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM」で脚本賞を受賞した室井孝介の原案を元に制作された作品。今年の6月に行われた第25回上海国際映画祭では、コンペティション部門で最優秀作品賞、最優秀女優賞、最優秀脚本賞の三冠に輝いた。監督は『海炭市叙景』『私の男』『#マンホール』などを手掛けた熊切和嘉。20年ぶりに組んだ菊地凛子のこと、撮影や音楽についてお話を伺った。
熊切和嘉
KUMAKIRI KAZUYOSHI
1974年生まれ、北海道帯広市出身。
大阪芸術大学芸術学部映像学科卒業。卒業制作作品『鬼畜大宴会』が、第20回ぴあフィルムフェスティバルで準グランプリを獲得。『空の穴』(01)で劇場映画デビュー。代表作に『アンテナ』(03)、『ノン子36歳(家事手伝い)』(08)、『海炭市叙景』(10)、『夏の終り』(13)、『私の男』(14)、『#マンホール』(23)などがある。
自分が撮るべき作品
――今作を監督された経緯をお聞かせください
熊切:今回の制作プロダクションであるオフィス・シロウズの松田広子プロデューサーから、「熊切さんが好きそうな脚本があるのでちょっと読んでもらえませんか」とお話をいただきました。僕の過去作の『ノン子36歳(家事手伝い)』に近いテイストなんですけど、という感じで。
ロードムービーをやってみたかったっていうのもありますし、ヒロインも言ってみれば日陰者というところで、これは自分が撮るべき作品だなと思いました。
――原作を読んでみてどのように感じましたか?
熊切:主人公が上京したけれど夢破れて、諦めて、惰性のように生きてるっていうところが、性別を超えて共感できました。僕も北海道という田舎から出てきて、一応今、幸運なことに映画監督をやっていますが、自分にもこれはありえたかもしれない人生だなと。
――原案・脚本の室井さんとは、映画化に向けてどのように進めていきましたか?
熊切:脚本打ち合わせは何度もやりました。元の脚本のヒロイン像も良かったけれど、ちょっとだけ湿っぽすぎるというか、下手すると悲劇のヒロインぽくなるんじゃないかという感じがあったので、そこをもうちょっとドライな感じに、自分の好きな方に寄せてったといいますか。どこかふてぶてしさもありつつ、かつユーモアもあるようなヒロイン像に直していったような気がします。
実は元の脚本だと、お父さんが危篤状態で急いで帰るっていう設定だったんですが、危篤状態だったら心境的にヒッチハイクしてる場合じゃないですよね。もう既に死んだという報告にして、心情的には帰りたいけど帰れない、帰りたくない。そういう心の揺れ方にしたらどうかと、そこが大きく変えたところです。
――監督の奥様が脚本に参加されていますね
熊切:「浪子 想(なみこそう)」は僕と妻の共同のペンネームでして。一番は、女性の視点をちゃんと入れたかった。妻は世代が近いので、陽子の心情も分かりますし、何となくおじさんだけで考えたヒロイン像だと失敗しそうな気がしたので(笑)。
20年ぶりの挑戦
――20年ぶりの菊地さんとのタッグですが、菊地さんにお願いした理由をお聞かせください
熊切:20年間、いつかまた一緒に仕事したいなとずっと思っていて。自分としては『バベル』で彼女が世界的な映画俳優になったときも、菊地さんの日本での代表作を取り損ねたなとすごく後悔がありました。先にやりたかったなって。今回は、こういう役ならはまるんじゃないかなとは思いつつ、もう20年近く会ってないですから、ハリウッドセレブみたいになってて断られたらやだなって怖かったんですけど、快諾してもらえてよかったです。
――今回、菊地さんに演じていただく上でお伝えしたことはありますか?
熊切:映画で描かれてないバックストーリーみたいなことは渡してはいたのですが、それ以上に、菊地さんのボソボソ喋るところとか、あと昔の印象なんですが、菊地さんが心のシャッターを下ろしたときの拒絶する感じの仕草みたいなものがあって、ああいうのを入れてほしいと伝えたと思います。
――どんな仕草でしょうか?
熊切:わかりにくいんですが、全身で生理的に受け付けない感じが出るときがあるんですよね。すごく危うさがあるんですが、それをあえて映画の中でやってほしいみたいなことは言っていたと思います。
ボソボソ喋りに関しては、20年前の『空の穴』のときに、当時はあまりキャリアのない菊地さんが芝居でボソボソやってたら録音部からNGが来て、もうちょっと声を張ってもらわなきゃ音拾えないよって言われて。そのときはちょっと声を張ってもらったんですが、あれをもう1回ちゃんと、あのボソボソ喋るのはやってほしいっていうのを言って。録音部が同じ録音技師の吉田さんという方で、20年経って技術力もアップしていてですね、何とか音を拾ってもらえたという感じです。
――陽子という人物を通して、人との距離や繋がりについて考えさせられました
熊切:それがある意味テーマみたいなところもあります。日本でロードムービーを撮るならそこは大事だなと。日本人って、割とコミュニケーション下手じゃないですか。その中で、他人が車に乗ってきて行われることに面白さがある。そこは丁寧にやろうと思ってましたね。
憧れの若松組の名優と
――監督から見て竹原ピストルさんはどういう役者さんですか?
熊切:役者としてはものすごく真面目な方。僕の中で「誰が一番信用できるか」って考えると彼の顔が浮かぶんです。今回、最も信用できるやつに陽子を家から引っ張り出して欲しかったので、それは竹原くんにやって欲しかったですね。あとはラストのセリフを誰の声で聞きたいかっていうと、竹原くん。あの声がすごく好きなので。
――信頼できるというのは、演技力?それとも人柄?
熊切:人としてですね。演技力はもちろん問題ないと思っていました。あと個人的に菊地さんと竹原くんの共演は見たかったんです。すごく合うんじゃないかなと思っていて。
――ヒッチハイクをしながら出会う方々一人一人が魅力的ですが、キャストはどのように決めましたか?
熊切:その都度、プロデューサーと話してお互いに候補を出して、この人はどうかなというところからすり合わせていきました。若い女優さんはあんまり僕は知らなかったので、そこはプロデューサーの松田さんに候補を出してもらいました。見上さんも、松田さんが最初からおすすめだったので、間違いないだろうと。
――吉澤さんと風吹さん演じる夫婦が絶妙でした。
熊切:風吹さんとは前に『武曲 MUKOKU』という映画で一緒にやっていて、是非もう1回やりたいなと思っていたのでお願いしました。吉澤さんとは初めてなんですが、ずっと僕は若松孝二監督の映画の大ファン。若松さんの初期の作品の主人公と言えば吉澤さんですから。いつかご一緒したいなと思っていて、やっと今回念願が叶いました。
撮らないといけないと感じた瞬間
――東北の被災地の映像がとても印象的でした
熊切:そうですね。一番は、陽子の目を通して現代の日本を見せなきゃならないだろうなと思っていて。室井さんの元の原案と脚本にはなかったんですが、今映画化するにあたって、東北を通過せざるを得ないですから。陽子の目を通して現状を見せたかったのと、陽子がちょうどあのあたりで1回決壊して再生に向かっていく、そういうところだったので、相馬の海がふさわしいと思って選びました。
個人的なことなんですが、ちょうどあの地震のときに『莫逆家族-バクギャクファミーリア-』という映画の実景を撮りに北茨城の方まで行っていて、常磐道を通っていて高架の上でアスファルトが波打って降りられなくなったんですね。そのときに今作の撮影の小林くんも撮影部にいて。あれから意識的に避けたつもりはないんだけど、今作のシナリオハンティングで10数年ぶりに常磐道を通りました。僕と小林くんの中では、これは撮らないといけない、というところがありました。
――小林さんは、近藤龍人さんの撮影助手をしていましたが、今作に起用した理由を教えてください
熊切:小林くんとは3年ぐらい前に、NHKの単発ドラマで一緒に組んだんです。そのときにすごく女性を綺麗に撮っていて、女性の撮り方がうまいなと思って。今回、陽子が徐々に綺麗に映って欲しいなというのがあったので、小林くんにお願いしました。
――実際に東京から青森に北上しながら撮影したそうですね。
熊切:実は2週間で撮ったんです。2週間ってかなりタイトなんですが、晴れてたり雨が降ったり、曇ってたり、挙句の果てに雪が降って、天気のバリエーションがすごくうまく使えました。2週間で撮ったのにとても贅沢な撮影をしたような気がしますね。
――車の中のシーンは実際に走りながら撮影されていますか?
熊切:前半の車は、バーチャルプロダクション、LEDで出しています。風景は事前にGoProを5台ぐらいつけた車で東北に撮りに行って、それを編集して出しているんですね。ただ後半の陽子が心情を吐露するシーンなどは、撮影期間の後半に撮りたかったので、実際に岩手で撮っています。
女性の歌声で
――ジム・オルークさんとは何作も組まれていますが、今作で監督から楽曲についてオーダーしたことはありますか?
熊切:『海炭市叙景』のときも同じようなこと言ったと思うんですけど、ジムさんには、自分の故郷に音をつけるような感じで音楽つけてほしいみたいなことを何となく言っていて。最初のデモはもうちょっと男っぽい響きだったんですが、今回は女性映画なので、完成版では少し柔らかい響きに直してもらいました。
――『ドライブ・マイ・カー』で音楽を担当された石橋英子さんが、エンディングテーマ「Nothing As」を担当していますね。
熊切:英子さんも、実は今までジムさんに音楽やってもらったときに演奏で入ってくれていて。ジムさんに、今回は女性映画なので英子さんに歌ってもらうのはどうですかと話をして、それはいいんじゃない、監督の狙いはわかるよと。そんな流れで決まりました。
――最後に記事を読んでいる方にメッセージをお願いします
熊切:今回撮っていて、すごく心が動いたんですね。それは僕だけじゃなくて、スタッフみんながそういう感じがあって。現場が、静かだけど集中して撮れた、そういう手応えみたいなところはあるので、ぜひスクリーンで観てもらえたらなと。今どき珍しいぐらいスクリーンを意識して説明的なヨリを排して撮ったので、ぜひ映画館で観てもらえたらなと思います。
(取材・写真:曽根真弘)
『658km、陽子の旅』は7月28日(金)全国順次ロードショー
監督:熊切和嘉
原案・脚本:室井孝介
共同脚本:浪子 想
音楽:ジム・オルーク
出演:菊地凛子/竹原ピストル/黒沢あすか/見上愛/浜野謙太/仁村紗和/篠原篤/吉澤健/風吹ジュン/オダギリジョー ほか
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
公式サイト:https://culture-pub.jp/yokotabi.movie/#
公式Twitter:@yokotabi_movie
©2022「658km、陽子の旅」製作委員会