『春に散る』瀬々敬久監督 インタビュー「ボクシングの試合ではこれが一番」

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瀬々敬久

「SUPPORT EIGA PEOPLE ON THE LAND.〜映画に関わるすべての人々をサポートする〜」をビジョンとして掲げる映画ランド。そんな弊社が、映画界で活躍する監督・スタッフ・役者にお話を伺う。

ノンフィクション作家・小説家 沢木耕太郎の原作の映画『春に散る』が8月25日から公開される。メガホンをとったのは、『64-ロクヨン- 前編/後編』『菊とギロチン』『護られなかった者たちへ』など数々の骨太な作品を手掛けてきた瀬々敬久。今作ではボクシング映画に挑戦した瀬々監督にお話を伺った。

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瀬々敬久
ZEZE TAKAHISA

1960年生まれ、大分県出身。
京都大学在学中から自主映画を撮り始める。『課外授業 暴行』(89)で監督デビュー。『ヘヴンズ ストーリー』(10)が第61回ベルリン国際映画祭で国際批評家連盟賞。代表作に『アントキノイノチ』(11)、『64-ロクヨン- 前編/後編』(16)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(17)、『友罪』『菊とギロチン』(18)、『楽園』(19)、『糸』(20)、『護られなかった者たちへ』(21)、『とんび』『ラーゲリより愛を込めて』(22)などがある。

 

10代からのファン

――今作を監督することになった経緯を教えてください

瀬々:ちょうど『』という映画の撮影が終わった辺りで、プロデューサーの星野さんから、原作を読んでくれと渡されまして。

沢木耕太郎さん自体は10代の頃からファンでした。「テロルの決算」や「一瞬の夏」といったノンフィクションが好きだったし、両方とも、“老いと若さ” がテーマになっていたんですよね。今作も変わらず同じようなテーマだったこともあって、一も二もなく引き受けました。

――原作モノを制作する際に意識されていることはありますか?

瀬々:その原作を好きになれるかどうか、というのは大きいと思うんですよね。巧みで面白いけれどそこまで好きじゃない小説もあるし、それほど上手でない小説でも、結構好きだな、ということもある。そういう好きなところがある作品は引き受けている気がします。

――原作者の沢木さんは、映画での改変を楽しみにしているとコメントされていました。意識的に付け加えたシーンやストーリーはありますか?

瀬々:原作は新聞連載で上下巻なんですが、主人公の広岡仁一(佐藤浩市)がボクシングの寮というか、老人ホームを作るように、かつてのボクサー仲間を呼び集めるのがほぼ上巻を占めるんですね。黒木翔吾(横浜流星)が出てくるのは上巻の最後の最後なんですよ。

なので、原作の半分以上は年寄り話なんですが、この年寄り話は少なめにしたのが大きな構成の違いです。それと黒木翔吾は、原作だと父がジム経営をやっていて、子供の頃からボクシングの英才教育を受けていたし、将来はジムの跡取りということで、わりと良いところの人なんですね。今のボクサーは英才教育を受けている人も結構いたりするので、時代を反映しているんだろうけど、映画では、シングルマザーで貧困家庭の出身に変えました。

橋本環奈さんが演じる役は、原作では不動産屋で働く若い女性で、広岡にいろんな物件を紹介したりする。今回はそこを省略しているので、広岡の姪にして、若くして介護をしているという設定に変えました。そういった改変はしていますね。

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瀬々敬久

佐藤浩市の生き様

――佐藤浩市さんとは何度もご一緒されていますが、今作で主演を依頼した理由をお聞かせください

瀬々:僕ももう60歳を過ぎていて、老いをどうしても感じせざるを得ない歳になって、自分たちの残り時間がどれぐらいだろうということを考えなければいけない歳になっている。浩市さん自身も、息子の寛一郎くんが俳優になり、お父さんは三國連太郎さん。三世代のちょうど真ん中にあって、自分の残り時間というのは考えていると思います。今まで作品を何本かやってきた上でもう一度組むことで、彼の実人生と映画というのがマッチする様を僕自身が見たいというところもあったような気がします。

――今作の役については、佐藤さんとどのように作り上げていったのでしょうか?

瀬々:死というものの捉え方というか。原作で彼は心臓に病気を持っているが、手術をしないという設定になっています。これってどういうことなんだろうと調べたら、手術の際に本当の心臓を止めて人工心臓をかませるのですが、人工心臓から本人の心臓に戻したときに動き出せないこともあるんだと。それは確かに怖いねとか、そんな話をしました。

あとは、浩市さんが流星くんと出会ったときに「年寄りってのは無茶苦茶なんだよ」というセリフがあるんですが、それは浩市さんが自分で「こういうセリフはどうだ」と提案してきたセリフです。死がありつつもまだ抗って生きているような感じを出したかったんだと思う。そういう矛盾した感じ、生き様みたいなものを浩市さんは目指そうとしたような気がしますね。

佐藤浩市さんって、素直に答えを返すようなタイプじゃないっていうか(笑)。どっかひねくれているところもある人。だから面白いと僕は思うんですが。死や生に対してもそういう感じがうまく出てたなという気がします。

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©2023 映画『春に散る』製作委員会

横浜流星の理系的センス

――横浜さんをボクサー役に選ばれたのは、空手の経験があったことが大きいですか?

瀬々:大きかったですね。あと出演作を何本か観ていると、”普通”の感じもして、それがいいなとは思いました。

――横浜さんと初めて組んでみていかがでしたか?

瀬々今回の場合は少し特殊なのかもしれなくて、身体っていうものが非常に重要な作品です。試合になると身体の調子の良さ、悪さが出るので。そこを測るのに計算っていうのは必要なんですよ。本人の体調の持っていき方というか。そういう意味では彼自身がすごく理系的なセンスを持っている。

俳優って文系的な感じで、精神性のエモーションだけでやろうとする人もいるんですけど、流星くんはちょっと違っていて。もうちょっと理系というか体育会系っていうか、ここでマックスに持っていくんだ、みたいな計算の能力がある。お芝居の作り方もそんな感じがするんですが、そういう持っていき方ができる人だなというのを感じましたね。

普通はその場で起こっている出来事を条件反射で見ていればいいんだろうけど、彼はもうちょっと俯瞰して考えつつ、その場に取り組んでいる。

――知的に計算してピークに持っていくことができる?

瀬々:そうですね。そこが卓越している。かつての格闘技経験の影響もあると思いますが、自分の体と相談できる俳優さんだなという感じがしましたね。

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©2023 映画『春に散る』製作委員会

――ボクシングシーンはかなり本格的ですが、撮影までの準備期間はどのくらいでしたか?

瀬々:流星くんは半年ぐらい前からボクシングの練習を始めてました。空手の打ち方を落としていくのに結構時間がかかって。空手の癖がついているので、構えや打ち込み方がどうしても空手流になってしまう。体重の移動の仕方もです。ついキックが出ちゃいそうになりますって言ってたから(笑)。そこからボクシング流に変えるのも大変だったと思いますよ。

窪田くんは、ボクシングは週1ぐらいで自分でやってたんですよ。ボクシング指導に入っている松浦慎一郎さんの個人レッスンをずっと受けていた。それまでにボクサー役もやってますし、なので全くのゼロから始めたわけではありませんでした。

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©2023 映画『春に散る』製作委員会

ドキュメンタリータッチの理由

――ドキュメンタリーのような印象も受けましたが、制作するうえで意識されたことはありますか?

瀬々:『クリード』の第一作でワンカットで1ラウンドやるシーンがあるんですが、流星くんから「瀬々さん、ああいう風にできないですか」って。「いや、あれはCGいっぱい使ってやってんだよ。それは無理だから!」と(笑)。そうなるとやっぱりボクらは、俳優のエモーションが湧き立つようなドキュメンタリータッチで撮るのが一番いいと思って、ああいう選択にしました。最終世界戦ではカメラを3台入れて、3カメで撮って編集しています。

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©2023 映画『春に散る』製作委員会

あとは、本人たちのキャラクターが試合に活かされるようにしたかった。横浜流星がやっている黒木翔吾。窪田正孝がやっているチャンピオン。それぞれキャラクターが違うので、その2つのキャラクターが試合の中でもぶつかるような感じにしたかった。なので、かっちり撮るよりはドキュメンタリー風のほうが良いと思いましたね。

――最後に記事を読んでいる方にメッセージをお願いします

瀬々:ボクシング映画は昨今、数々あって、ボクシング映画といえば傑作が多い、という感じになっている。それに恥じないように精魂込めて作りました。ボクシングの試合ではこれが一番だと思ってますから、ぜひ観に来ていただけたらと思います。それと沢木耕太郎さんのテーマである “老いと若さ” という視点で人生というものを考えつつ、“再生” もテーマの一つになっていますから、ぜひそこも観てもらえればと思います。

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瀬々敬久

(取材・写真:曽根真弘)

春に散る』は8月25日(金)全国ロードショー

監督:瀬々敬久

出演:佐藤浩市 横浜流星
橋本環奈 / 坂東龍汰 松浦慎一郎 尚玄 奥野瑛太 坂井真紀 小澤征悦 / 片岡鶴太郎 哀川翔
窪田正孝 山口智子

配給:ギャガ

公式サイト:https://gaga.ne.jp/harunichiru/
公式X(旧Twitter):@haruchiru_movie

©2023 映画『春に散る』製作委員会

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