本年度アカデミー賞®に作品賞・監督賞・主演男優賞ほか主要8部門にノミネートされ、見事メイクアップ&ヘアスタイリング賞に輝いた『バイス』が、いよいよ4月5日(金)より日本公開される。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のアダム・マッケイ監督がメガホンを取り、ブラッド・ピットが代表を務めるプランBエンターテインメントが製作した本作は、大統領主席補佐官、国務長官を経て、2001年から2009年のジョージ・W・ブッシュ政権において、アメリカ史上最も権力を握ったとされる副大統領、ディック・チェイニーの半生を描いた社会派エンターテイメントだ。
カメレオン俳優としても名高いクリスチャン・ベールが主人公のチェイニーに扮しているほか、チェイニーの妻役を『メッセージ』のエイミー・アダムス、ラムズフェルド国防長官役を『フォックス・キャッチャー』のスティーヴ・カレル、そしてブッシュ大統領役を『スリー・ビルボード』のサム・ロックウェルが演じているなど、オスカー常連の超豪華キャストが勢ぞろいしていることでも、大いに話題を集めている。
これで見納め!
クリスチャン・ベール、“役作り”の概念を超越した肉体改造!
本作においてクリスチャン・ベールは、ディック・チェイニーを演じるにあたって体重を約20キロ激増し、髪を剃り眉毛を脱色、毎日3~4時間のメイク時間を要してチェイニーの20代~60代の引退後までを演じきっている。その変貌ぶりに驚かされるばかりだ。
ベールといえば、これまでにも『マシニスト』で“骨と皮”しかないほど病的なまでに痩せ細ったかと思えば、『バットマン・ビギンズ』の撮影までに半年間で約30キロ増量し筋骨隆々な体に肉体を改造。さらに『ザ・ファイター』では約15キロの減量に加え、髪の毛を抜き、歯並びまでも変えてコカイン中毒の元・ボクサーに扮するなど、徹底した肉体改造をすることで知られる。
今回はパイを大量に食べ、ご飯1杯に15個の卵を入れたりするなど、健康的に体重を増やせるよう栄養士にマネジメントを頼み、2017年4月から約半年間にわたり肉体を改造して役に挑んだベール。実在の人物の20代~60代を演じるとあって、髪を剃り、眉毛を脱色したほか、年齢に応じた肌質を表現するため特殊メイクも駆使。ベールの並々ならぬ努力はもちろん、本作でオスカーを受賞したメイクアップ・アーティストのグレッグ・キャノンによる“芸術品”と言っても過言ではない。
もはやベールの原型すらとどめていないことを考えると、一人の演じ手として真っ向勝負していることがうかがえる。かすれた声や、独特な口のゆがみ、仕草や歩き方までもが、まるで生き写しかと思うほどチェイニー本人にそっくりで、 我々が思う“役作り”という概念をはるかに超越したベールの役者魂は必見だ。
インタビューにて、これまで繰り返してきた体重の増減による役作りを家族の反対によって本作で最後にすると語っているベール。これがクリスチャン・ベールなのか!?と誰もが衝撃を受けること間違いない驚異の役作りを堪能あれ!
アメリカを喰った“巨悪の根源”チェイニーを
ブラックユーモアたっぷりに描く!
“バイス”というタイトルには、「副大統領」の意味のほかに、“悪徳”や“邪悪”という意味も込められている。というのも、まさにこのチェイニーという男こそ、“巨悪の根源”ともいえるほど、政界を影で操っていたとんでもない人物なのだ。その象徴ともいえるのが、2001年9月11日の同時多発テロ事件が起きた際に、当時の大統領だったブッシュを差し置き、我が物顔で危機対応にあたり、イラク戦争へと国を導いていったこと。法を捻じ曲げ、巧みな情報操作を行い、もはやアメリカのみならず、世界の歴史を何食わぬ顔で塗り替えた張本人ともいえるのだ。
チェイニーは、さぞや頭のキレる人物かと思いきや、元はと言えば“酒癖の悪い、ろくでなしの大学生”だったことも劇中で明かされる。優秀で演説も得意な妻が参謀役として彼を全面的にサポートしたことから、いつしかチェイニーの政治家としての才能が開花。副大統領という隠れ蓑を活かし、悪知恵を働かせるようになるまでの過程が、ブラックユーモアたっぷりに描かれる。
野心的なテーマに挑むための創意工夫──
アメリカの懐の深さに驚愕する、秀逸なエンターテインメント作品
実在かつ存命の元・政治家をモデルにしながらも、史実を忠実に再現してみせるアダム・マッケイ監督の手腕は、まさに唯一無二であるともいえる。これもひとえに優秀なキャスト・スタッフが集結したからこそ実現できた企画であり、クリスチャン・ベールの起用なくしては、ここまでの世界観は打ち出せなかったに違いない。
アダム・マッケイ監督は、米国の人気バラエティー番組「サタデー・ナイト・ライブ」の脚本家としても活躍していたこともあり、『バイス』は社会派ドラマでありつつも、コメディやドキュメンタリーなどの要素も散りばめられた秀逸なエンターテインメント作品に仕立てられているところも興味深い。突然シェークスピア劇風のやりとりが差し込まれたかと思えば、ぼかし・ピー音が入ったり、とんでもないところでエンドロールが流れたりするなど、野心的なテーマに挑むにふさわしい創意工夫が、本編の随所に施されているのだ。
もし日本を舞台にしていたら……といった類のことは、おそらく考えるだけ不毛だが、自国の“黒歴史”とも言える史実を映画化した作品がアカデミー賞®に8部門もノミネートされる、アメリカの懐の深さに改めて驚愕せずにはいられない。エンターテインメントの可能性を世界に発信するという意味においても、大いなる価値をもった1本だ。(文/渡邊玲子)
映画『バイス』は4月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開
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