第69回カンヌ国際映画祭で、そのオープニング作品として『Cafe Society(原題)』が上映されたことは記憶に新しい。1930年代アメリカが舞台のロマンチック・コメディだが、カンヌでのオープニング作品として抜擢されるのは今回で3度目だという。80歳にして全く老いを感じさせないアメリカのヒットコメディメーカー、ウディ・アレンだ。
──?ウディ・アレン略歴
俳優、脚本家、小説家、コメディアン且つクラリネット奏者である1935年生まれの映画監督。ギャグ・ライターや放送作家として活動したのち映画作品も手掛けるようになる。アカデミー賞のノミネート回数は史上最多であり、その人気は世界中で揺らぐことがない。近年では『ブルージャスミン』(14)でアカデミー賞脚本賞にノミネートしており、上級階級から転落したヒロインを、繊細な演技で魅せたケイト・ブランシェットが主演女優賞に輝いている。ほか『ミッドナイト・イン・パリ』(12)ではアカデミー賞監督賞含む3部門にノミネート、最優秀脚本賞を受賞している。
──?ポップで粋で厭世的な画面に釘付け。ウディ・アレン作品の魅力とは?
ウディ・アレン作品といえば、垢抜けていてポップ、且つどこか厭世的で儚げな空気も漂わせた、泣いて笑える映画が多い。『マジック・イン・ムーンライト』(15)では、「ホンモノなど存在しない、すべてインチキだ!」が口癖の“天才”マジシャンを主人公として、モノを信じたり疑ったりする精神が非常にコミカルに描写される。カラフルな画面は決して飽きることがなく、なんとなく根暗なキャラクターたちのやり取りはすっかり洗練されていて、何故かわからないけれど惹きつけられてしまう彼の映画、その魅力を引き立てる要素とは一体なんだろう。
──監督の分身!?愛すべき拗らせ系主人公!
全作品を通じて、ウディ・アレン作品の主人公は一癖も二癖もある捻くれ者。インテリなのに過剰な自意識に苛まれてしまう少々不器用なキャラクターが多い。人生をシニカルな目線で見つめつつも生きにくさを笑いに昇華しながら前へ進むその様はどうしたって憎めない。自らメガホンを取りながら主演をすることも多い監督だが、そのキャラクター性はウディ・アレン監督の分身のようだとも言われている。
──気の利いたセリフの連続!
全てを差し置いてまず魅力的なのは、言葉によって創り上げられた世界観だとも言えるだろう。ユーモアに加え哀愁のチラつく台詞の数々は非常に巧みに使用されており、そのまま小説にしたとしてもきっと売れるに違いない。人間くさい人間たちの紡ぐ粋な会話の中には人生の名言もたくさん隠されていることだろう。たとえば
『人に深い関係は無理なのよ。短い関係を変えていくのが新しいのよ』(『マンハッタン』(80))
友人の愛人に会ってその人間性に怒りを禁じ得ない主人公アイザックが、25歳も歳下の恋人トレーシーからこの言葉によってなだめられるシーン。どんな世界でも諸行無常とは真実なのだろう、目まぐるしく変化し続ける人間関係の中で、お互いが気遣い合いながら変化していくことは大切な処世術のひとつである。
『あなたは人をバカにするけれど、皆花の香りは味わっているわ』(『マジック・イン・ムーンライト』)
世界のあらゆるホンモノを否定し、すべてはインチキだと断言する“天才”マジシャン、スタンリーが、霊を操るとされる美女ソフィからかけられた言葉。弄れてしまって花の香りすら胡散臭いとしか思えなくなった人間が、霊、つまり虚構じみた現象をにわかにであっても信じ、幸福を感じた、その事実を象徴するフレーズだ。虚構を巧みに操ることで自らを幸福感で満たすことはきっと、思う以上に重要なことなのだ。
──複雑な人間関係を巧みに描き出す
ウディ・アレンはとにかく雰囲気の描き方が上手い。デリケートな人間関係の移ろいや、外には現れにくい心理描写が非常に巧妙で、且つ、映画にしか成し得ない豊かな表現が印象的だ。たとえば彼の作品の中でも人気の高い『アニー・ホール』(78)。これは、監督自らも以下のように語っており「この映画は僕にとって大きな転機になった。ただはしゃぐだけのバカバカしいコメティとはおさらばしてみようと思い始めたんだ。ちょっと深みのある作品に挑戦してみよう。(中略)観客は活気があって、おもしろいと思ってくれるだろう、というわけだ。そして、実際、うまくいった。」(『ウディ・オン・アレン 全自作を語る』スティーグ・ビョークマン編著/大森さわこ訳/1995年/キネマ旬報社/96P)
作中では、2人の対話で実際に口に出している言葉とは違う、心の内で考えていることを字幕で提示するシーンがある。また、画面を分割することで「キャラクターが自らの記憶を語る」場面と「語られる記憶」の場面とを同時に描くシーンもある。映画で目の前の役者を撮っているだけなんてつまらない、映画にしか出来ない手法で以て目に見えないものを可視化してやろうという工夫こそが、最大限に観客を引き込むことへと繋がるのだ。
──小洒落た音楽がたまらない!
ウディ・アレン映画の雰囲気作りには音楽も欠かせない。シドニー・ベシェのヴァイバー・マット(『ギター弾きの恋』(01))、ルイ・アームストロングのスターダスト(『スターダスト・メモリーズ』(81))、エリック・サティのジムペノディ第1番(『私の中のもうひとりの私』(89))、コール・ポーターによるレッツ・ドゥ・イット(『ミッドナイト・イン・パリ』(12))等、90年代前半のヒット曲の使用が多い。これらによって心地よいムード作りは見事に成功していると言えるだろう。
──絶世の美女に目を奪われる!
ウディ・アレンの映画には美しく魅力的な女性が必ず登場する。ダイアン・キートン、ミア・ファロー、スカーレット・ヨハンソン、ケイト・ブランシェットの他、最近はエマ・ストーンの出演も目立つ。ダイアン・キートンとミア・ファローはプライベートでも恋人関係にあったことで知られている。ウディ・アレンのミューズたちが毒を吐いてみたり天真爛漫に振舞ってみたりする姿にはつい惹きつけられてしまうに違いない。それだけで映画を観て良かったと思わせる力があるだろう。
──?最新作『教授のおかしな妄想殺人』が公開間近!
巨匠ウディ・アレンの最新作の邦題は『教授のおかしな妄想殺人』(16)。“人はなぜ生きるのか?”という究極の命題をはらむダーク・コメディだ。主演には『her/世界でひとつの彼女』(14)や『インヒアレント・ヴァイス』(15)で、人間味溢れるキャラクターの演技に太鼓判の押されたホアキン・フェニックスが哲学科教授エイブを、そのエイブに好意を抱く教え子ジルを、『マジック・イン・ムーンライト』や『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(15)でヒロインとして圧倒的な存在感を放ったエマ・ストーンがそれぞれ演じる。
予告編では、あるきっかけで人生の無意味さに気づいてしまうホアキン扮するエイブ、そんな彼の複雑な心境に興味を持ち、好意を寄せていくエマ演じるジルの関係性がうかがえる映像に。しかし、「探し求めていた生きがいを見つけた」と極端に性格が明るくなってしまうエイブに、ジルが振り回され、すれ違っていくさまが描かれている。
映画『教授のおかしな妄想殺人』は6月11日より丸の内ピカデリー&新宿ピカデリーほか全国公開
【CREDIT】
監督・脚本:ウディ・アレン
出演:ホアキン・フェニックス、エマ・ストーン、パーカー・ポージー
配給:ロングライド 公式サイト:kyoju-mousou.com
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